世界が壊れてしまえば良いと思ったんです。 貴女が好きだと微笑ったこの世界が。 そうしたら、本当に視界がガラガラと音を立てて崩れだしたから、 手をぎゅっと握りしめて、目を瞑っていたんです。 貴女は僕に、世界は美しいのだと教えてくれました。 世界はこんなにも広いのだから、 見たくないものは見なくて良いんだよと、そう言って。 それでもこの世界に心を開くことを躊躇った僕に、貴女は小さく微笑んで 僕の背中をやさしく撫でて、そっと瞼を覆ってくれました。 簡単に折れてしまいそうな白い指先で、この呪われた眼すらも包んでくれたのです。 夕焼けは血の色ではなく、熟れた林檎の色なのだと 月は嘲笑っているのではなく、静かに微笑んでいるのだと 海は涙の行き先ではなく、銀の雨の宿り木なのだと 貴女が教えてくれたもの、語ってくれたもの、差し出してくれたもの すべては美しく、眩いものばかりでした。 だから僕は笑って陽の光を浴びることが出来たんです。 …でもね、さん。 僕は、ほんとうは、わかっていたんだ。 貴女は知っていたんでしょう。 世界は本当は美しくなんかないってこと。 色鮮やかなものの後ろには味気ない黒白の影が潜んでいるってことを。 それでも僕は貴女の言葉を信じました。 貴女が自分を犠牲にしてまで僕に見せたかったものを見ていたかったから。 すべてを知っていたはずの貴女が、それでも好きだと笑った世界を 僕も一緒に好きになれたら良いのにと、 本当に、心の底から、そう思っていたから。 思っていたのに、気付かされてしまったのは、 あの細く折れそうな指がするりと肌をすべって落ちた、その瞬間。 慌てて振り返った僕には見えてしまった。 貴女がずっと隠してくれていた、僕の見たくないものが。 世界が壊れてしまえば良いと思ったんです。 貴女が好きだと微笑ったこの世界が。 そうしたら、本当に視界がガラガラと音を立てて崩れだしたから、 手をぎゅっと握りしめて、目を瞑っていたんです。 けれど、崩れたのは世界じゃなくて僕の膝だった。 止まったのは音じゃなくて貴女の心臓だった。 壊れたのは視界じゃなくて二人の距離だった。 世界が壊れてしまえば良いと思ったんです。 貴女が好きだと微笑ったこの世界が。 そうしたら、本当に視界がガラガラと音を立てて崩れだしたから、 手をぎゅっと握りしめて、目を瞑っていたんです。 両手で耳を塞いで、言葉にならない叫びをあげて、 それでも離れていく貴女の指先を引き留めることは出来なかった。 流れていく時間を止めることなんて、出来るはずもなかった。 最後まで貴女が好きだと言ったこの世界を愛せなかった僕を、 貴女は伏した血の海と焦げた大地の中からどんな目でみていたのでしょう。 世界が壊れてしまえば良いと思ったんです。 貴女が好きだと微笑ったこの世界が。
24,自分の居場所
2006/04/05 貴女の居ない世界に、僕の居場所などない。 |