病室に細い音が流れていた。 シャリシャリと、まるで砂が指の隙間からこぼれ落ちるようなその音は、 の手元に見え隠れする林檎がその皮を剥かれる音だ。 熟れた赤色の帯が果物ナイフによって剥がされ、 次第に白い果肉が手の中であらわになっていくその様子が なぜか、ひどく気に喰わなくて。 その音が止んでしまうまで、ずっと下を向いていた。 「…白哉さま、お口を」 小さく言って、切り分けたばかりの林檎を一切れ取り、口元へ運ぼうとする。 そんなの声にようやく顔を上げた白哉は言われるがままに口を開いた。 控えめに差し出される果肉を噛む。サク、と口内に広がる甘い果汁。 そのまま咀嚼し呑み込むまでの一連の動作を、かすかに微笑みながら見つめていた彼女の首には、 幾重にも巻かれた白い包帯がある。 …また、だ。 瞬間的に沸き上がった衝動に、白哉は唇を噛む。 先ほども感じた、苛立ちのような、嫌悪感のような感情が渦を巻く。 首を、締められたのだと聞いた。 彼女の死神としての才能を欲し、それが手に入らないなら存在自体を消すように命じた、 今回の事件の首謀者である藍染の部下、市丸の手によって。 は何も言わなかったが、数日前に一度だけ見た、その痛々しい指の痣の下に 歯を立てられ、強く吸い上げられた痕があったことに白哉は気付いていた。 「…すまぬ」 「え?」 「……守って、やれなかった」 手を差し伸べてやることすら、出来なかった。 妻である彼女が他の男に辱められるかも知れない状況に陥り、 あまつさえ手に掛けられそうになったというのに。 が必死に声を噛み殺していたその瞬間、自分は彼女の危機など何も知らず、 ただ目の前に立ち塞がる者たちと刀を交えていただけだった。 気に食わない。 人の妻と分かっていて手を出す市丸も、自分からは何も言おうとしないも、 足りない力量を棚に上げてこんなことを思う自分も、何もかも。 彼女に触れ、その身体も心もを暴いて良いのは、自分だけで良い。 「…すまぬ……」 押し殺した声で謝罪を繰り返し、その細腕を引き寄せた。 小さく上がった声に続いて、彼女の膝の上から落ちた皿と林檎が床に散る。 痩せた首筋に顔を埋めて肩を抱く。腹の傷がわずかに痛んだが気にしなかった。 出来る限りやさしく力を込めると、その腕の力に応えるように おずおずとの腕が白哉の背中に回され、細い指先が着物を掴んだ。 顔を隠すように俯いて、それでも彼の傷を労るようにそっと、 白哉の胸の中で静かには泣いた。 剥かれた林檎が、一緒に落ちた赤い皮の帯と共に抱き合う二人の背中を見ていた。
林檎の首筋 2006/05/28 |