「いい夜ですね」
ふふ、と楽しそうに笑っては私の左隣を歩く。
藍と緋とを溶かした秋の夕方。雨上がりの空気はすこし肌寒い。
二人きりの散歩に色を添える虫の音を追うように、カランコロンと彼女の下駄が鳴った。
「晴れてよかった、明日はせっかくのお休みですし」
まだ薄い雲が残る空を見上げて「ね?」と首を傾ける。
それに合わせてチリン、と鈴の転がるような音。
目だけで追って、その音の正体がいつだったか一目惚れして贈った髪飾りであることに気付くと、
なぜか急に彼女の顔が見れなくなってしまい、ごまかすように視線を落とす。
カランコロン。
虫の声と転がる鈴の音に、二人の足音が重なる。
「…白哉さん」
カラン、コロン。
「大好きですよ」
呟くような告白は、秋の散歩の音たちに紛れてなお心地よく耳に響いた。
この完璧な空気に自分の声を入れるのは躊躇われて、返事の代わりに繋いだ手に力を込める。
本当に、晴れてよかった。何といっても久しぶりの休日だ。
二人きりの外出は、やはり晴れた空の下を歩きたいから。
明日は彼女に、新しい髪飾りを贈ろう。
秋雨の簪
2007/03/06
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