いつもより早い夕餉の途中、白哉の箸がふと止まった。
向かい側に座って煮物を口に運んでいたが不思議そうに首を傾ける。


「白哉さん? どうかなさいましたか」
「…いや。ただ、これが」
「これ?」


さらに首をひねる妻の姿に、白哉はわずかに唇の端を上げながら箸を置くと、
家紋の入った漆塗りの汁碗をそっと持ち上げた。
白い湯気をくゆらせる黒い器。
浮かんでいる小さな豆腐と可愛らしい手鞠麩が鮮やかだった。


「今日の吸い物はお前が作ったのか」
「あら、お分かりになったんですか?」


ふふ、と嬉しそうに微笑んでも箸を置く。


「今日は私も早く帰れたものですから。たまには良いかなと思って」


女中さんや料理長には驚かれてしまいましたけれど。
そう言って心なしか恥ずかしそうに、そして少し不安そうな手つきで汁碗に手を伸ばす。
にならって白哉も手の中の碗に口を付けた。

いつもの食事に比べて、少しやさしい塩加減。
唇に触れる手鞠麩がやわらかい。


「…美味い」
「ありがとうございます」


碗を置くまでの動作を心配そうに見つめていたが息をもらす。
ああ良かった、と微笑む彼女が可愛らしい。


「でも白哉さん。どうして私が作ったとお分かりになったんですか?」
「…気になるか」
「ええ、とっても」


夫から合格を貰えてすっかり安心したらしいがにこにこと訊ねる。
その笑顔が欲しがっている「理由」は、生憎と普段の自分ならとても言わないような言葉だ。
黙っていようか。一瞬だけ迷って、でもやはり口を開いた。

今夜のような幸せな空気の中でなら、この唇はいくらか正直になれる気がしたから。


「この手鞠麩を見て、思い浮かんだのがお前だった。…それだけでは理由にならないか」





やわらかな虹色
(思い描いたのは、唇に触れる、鮮やかな)










2007/04/07