初めて履くミュールの踵を気にしながら、一人で久々の買い物に出掛けた。
一応戸締りの確認をして事務所のある裏通りから大通りに出る。
明るく広がる視界と行き交う大勢の人々。
青空の見える道、駆けていく子供の背中、いろんな笑い声。


ここ数日は仕事が忙しくて、活動時間はもっぱら深夜だった。
見慣れたはずの夜の街は今目の前に広がる光景とは似ても似つかない。
たった半日、されど半日。
12時間違うだけで、辺りの景色はこうも変わる。




散歩がてら少し通りを歩いたあと、いつもの食料品店に向かった。
通いなれたお店なのに、朝というだけでどこか別の場所に来たみたいだ。
入り口近くに山積みにされた果物が外と中の両方の明かりを浴びて光っていた。
カゴを手に取って、まだ人の少ない店内をゆっくり回る。


林檎とオレンジと、今日は食パンじゃなくてフランスパンを。
ベーコンは塊で買って、ピザに使った残りでカルボナーラでも作ろう。
お酒はいつものウィスキーと、ボトルに一目惚れしたロゼ。こっちは私のお楽しみ用。
切らしていたシナモンの瓶に顔を近づける。うん、いい香り。




「―――見つけたぜ、Lost child?」




そう。久しぶりの買い物にすっかり気を抜いていた私は「迷子ちゃん」と囁かれるまで、
すぐ背後にまで迫っていた気配に気付かなかった。
耳に直接吹き込まれたその声に、思わず瓶を落としそうになる。




「…びっくりした」
「そりゃこっちの台詞だ。起きたら上着もメモも無ぇ」
「ご、ごめん。すぐ帰るつもりだったから…」




芝居がかった声を出すダンテは盛大な溜め息を吐きながら横目で視線をよこした。
起きてすぐに私を探しに来てくれたんだろう。前髪が少しだけ跳ねている。
慌てて謝ると、ダンテは「冗談だ。気にしてねぇよ」と笑いながら頭を撫でて、
ひょいとカゴを持ってくれた。


そのまま品物をレジに通し、大きな紙袋を1つずつ持ちながら大通りを歩く。
すぐ横を歩くダンテの銀髪が日光にさらりと輝くのを見て、
思わず「たまには朝の外出も良いね」と笑いかけた。




「そうだな。仕事以外で外出するのも悪くない」
「ふふ、少しは規則正しい生活でもしてみる気になった?」
「いつもと違うが見れるならな」




並んでいたブーツとミュールの、その片方の足音が途切れた。
ダンテの言葉の真意をはかりかねて止まった私に、






「似合ってるじゃねぇか、そのミュール」






軽い口笛と一緒にくれた褒め言葉は、明るい雑踏に甘く染みこんだ。










ミュールの踵が
朝を告げる










「ね、ランチ食べて帰ろうか」
「…俺にはブランチだけどな」
















2007/11/11