はどちらかというとクールで大人な良いオンナだが、
時折こうしてふっと甘え上手になる夜があった。




「眠るのが怖い日があるの」




薄いシーツに包まって、俺の腕の中で目を閉じていたの言葉に少し驚く。
寝ていないのは知ってたが、こんな突拍子もないことを言い出すとは思いもしなかった。
深夜1時を回った窓の外には点滅するネオンと犬の遠吠え。
ビルの隙間を縫って届く月光が散らばった彼女の髪の上を滑る。




「ダンテがいない夜はね、怖いことばかり考えてしまう」
「…意外だな、銃の扱いはお手の物だろ?」
「それは仕事の話。それにみんなが言うほど悪魔は怖くないわ」
「こりゃまた気の強いお姫様もいたもんだ」
「だって形があるもの、彼らには」




不機嫌そうに薄目を開けたをなだめるように抱き寄せる。
細い髪を透きながら微笑んでみせると、満足したように再び目を閉じた。
しかしまだ眠る気はないのか、俺の胸元に手を伸ばしてそっと指先を置いた。
風に乗ってどこからか銃声と怒鳴り声が聞こえる。
そこらにいる普通の女ならこういったものにこそ恐怖を示すものだろうが、
彼女を悩ませているのは全く違うものらしい。




「怖い夢を見たらどうしようとか、金縛りにあったらどうしようとか」
「…夢の中でこれは夢だと思い込め。金縛りは気合いでなんとかなる」
「目を開けたときに知らない人がいたらどうしよう、なんて考えたりする日もあるの」
「そりゃあ俺が許さねぇ」




こういう関係になるまで俺がどれだけ苦労したと思ってる?
ガードの固い彼女がこうして気を許してくれるようになるまでの長い道のりを思い出し、
情けない声をあげる俺にようやくがくすりと笑った。




「死んでしまったらどうしようって、思うの」




長い睫毛がふるりと揺れた。
少し息を止めてを見つめる。その目は閉じられたまま。




「私がいない間にダンテの心臓が止まってしまったらどうしよう」
「心配いらないな。前に剣で一突きされたがこの通りだ」
「ダンテがいない間に私の心臓が止まってしまった場合は?」
「……冗談でもそういうことは言うもんじゃないぜ」
「形がないものは怖い。心臓っていう形はあるけれど、命に形はないでしょう?」
「…まぁ、な」




悲しいことを言う。
1時を半分回った時計の針をチラリと見やって、そろそろ寝ろよと声を掛けた。
特に反論する気もないのか、それともそろそろ眠くなってきたのか
ん、と小さく返事をしながら彼女はもう一度だけ目を開いた。




「だからね、ダンテがいる日は安心できるの」




澄んだ色をした両目。
暗闇の中なのに、その双眸はやけに明るくはっきり見えた気がした。
「ここに、」と呟きながら、胸元に置いていた指に力を込めたかと思うと
そのまま服をぎゅっと掴んで顔を埋めてくる。
押し付けられた、小さな耳。




「こうすれば、音がするもの。自分の胸に、耳は当てられない、から」



たどたどしい口調でそう呟いたあと、はそのまま黙り込んでしまった。
どうやら本当に眠ってしまったらしい。耳を澄ますと、かすかな寝息が聞こえてくる。
掴まれた服と押し付けられた顔はそのまま。
…一体どうしてくれるんだ、と心の中で溜め息を一つ。




「眠れなくなっちまったじゃねぇか」




腕の中の恋人にそう囁くと、同情するように窓の外で犬が鳴いた。












020,耳を欹てて
















2008/03/10
犬の鳴き声に理性を止められながら一晩過ごした