うだるように暑い午後だった。
少しでも涼しいところでこの暑さをやり過ごそうと、
と二人で風通しの良い縁側に何をするでもなく座り込んでいた。
ここは一日中ずっと日陰になっていて、床に手を置くとひんやりとして気持ちがいい。


「空が高いわね」


静寂をふいに破って、庭を見ていたが顔を上げながら呟いた。
おだやかな微笑みにつられて顔を上げてみる。
うす暗い場所にいるせいで目が慣れていなかったのか、日差しの強さに軽く眩暈がした。
入道雲が浮かぶ空はどこまでも青く果てしない。
ほら、と彼女が指差した先に翼を広げた二羽の鳥が空を滑っていった。


「それにしても久しぶりね、こうしてゆっくりできるのは」
「Ah〜…そうだな。最近は戦もねぇし」
「お殿様が暇なのは良いことだわ」
「ははっ、全くだ」


大きく息を吸い込むと、乾いた空気に混じって庭の木々の匂いがした。
伸びた枝についた葉はどれも深い緑色で、光を浴びた表面がつややかに光っている。
この庭だけでも何匹もいるらしい蝉がじわじわと鳴いていた。


「…ああ、でも」


がふいに立ち上がった。
緩慢な動きで縁側の縁に立ち、柱に手を添えて空を見上げる。


「こんなに穏やかな景色の中にいると」


豊かな黒髪がわずかな風にはらりと舞った。
床に座ったままの俺は自然との背中を見上げる形になる。
着物の裾から伸びた肌が驚くほど白く見えた。


「心が、空に呑まれそうで、」




どさり、という音と共に彼女の言葉が切れた。
は驚いた顔で俺を見つめていた。その身体を急に押し倒した俺の瞳を。
「政宗?」と、小さく心配そうな声が頬を撫でる。


「…お前が、どこかに行っちまう気がして」


蝉の鳴き声が耳の奥にわんわん響いている。
頭痛がしそうなほどに晴れた空。ときおり風に揺れる木々の緑。
そこら中に満ちた夏の気配がの身体も心も溶かして、
そのままどこかへ連れ去ってしまうような、そんな気がしたのだ。


「どこにも行かないわ。ここに、いる」


はふっと表情をやわらげて笑った。
小さい子にしてやるように俺の頭をぽんぽんと撫でて、
押し倒した俺の腕の中で静かに目を閉じる。ひどく無防備に、そして安心そうに。
その表情を見てようやく俺も安心できた。
おおい被さった状態から器用に彼女の隣に寝転んで、そっと指を絡める。


ぬるい風が吹きぬける中、夏の午後だというのに
心配したらしい小十郎や他の家臣たちが探しに来るまで手を繋ぎあって眠った。






夏のまほろば








2009/10/05
夏の気配が見せたまぼろし