アローアロー
今朝、いつもの時間にいつものように起きたら、なんだか頭が痛かった。 そうこうしているうちに顔なじみの女中さんが挨拶に来てくれたので、 世間話のつもりで「今日はなんだか頭が痛くて」なんて言ったら、青い顔で布団に押し戻された。 うっかりしてた。 私は元気なのが取り柄だから、心配されるのは分かりきってたはずなのに。 じっとしていて下さいまし、と念を押された布団の中は暖かいけれど、 窓から見える空はきれいに晴れていて、ここよりもずっと気持ちよさそうだ。 今日は庭に出て、部屋に飾る花を生けてから街へ出ようと思っていたのに。 せっかくのお天気も肌で感じられないんじゃ意味がない。 お医者さまが来て、女中さんがいつも以上にあれこれお世話してくれて、 そうしてようやく静かになったのはお昼を過ぎてからだった。 女中さんが用意してくれた湯冷ましを飲んで、ふぅと枕に頭を預ける。 今日はまだ、政宗に会っていない。 きっと朝餉を一緒に食べられなくて怒っているだろうな。 彼の部屋にも花を飾る約束をしていたのに破ってしまったし。 天気が良いから、遠乗りか鷹狩りにでも出掛けているかもしれない。 きちんと午前の執務を終わらせていれば良いのだけれど。 気がつくと彼のことばかり考えている自分がいて、横になったままひっそりと笑った。 こうなるとどうしても政宗に会いたくてたまらなくなって、 女中さんには悪いけれど少しくらい部屋を抜け出してもいいかな、と布団から起き上がると、 ふいに窓の外に人の気配を感じた。驚いて振り返る。 「Hey, 朝餉に来なかったやつがどこへ行く気だ?」 言葉は刺々しかったけれど、いつも通りの穏やかな声音で 政宗は窓の外から身を乗り出して笑っていた。 きっと私を驚かせようと、廊下ではなくわざわざ中庭を回ってきたのだ。 会いたかった彼の姿を見て、私も自然と頬がゆるんだ。 政宗、と声をかける。呼ばれた彼は笑みを深くした。 「ご機嫌はいかがかい、Lady」 「うん、大丈夫。体はなんともないのよ」 「医者は寝不足って言ってるぜ。最近、夜おそくまで縫い物をしてただろ」 最近の夜更かしに気付かれていたとは。 ばつが悪くなって視線をそらした。そんな私を見て政宗はまた笑う。 「心配かけてごめんなさい」 「No program、元気ならそれでいいさ。何か欲しいものはあるか」 「すこし、外に出たいの」 「ははっ!仕方ねぇな。それじゃ夕方になったら迎えに来てやるよ」 だから少し眠れ。 それだけ言い残して、政宗はひらりと手を振りながら姿を消した。 窓枠には彼が置いていったらしい菖蒲が一輪置かれていた。 布団から抜け出し、花を手に取った私は大人しく布団の中へと戻る。 夕方に迎えに来てくれるはずの彼に、同じ花を送ってあげようと考えながら。 2010/11/29 アロー=フランス語の挨拶 |