陽の当たる縁側でうとうとしていると、 遠い風の音に混じって、政宗の声が聞こえた気がした。 彼にしてはか細い声で私の名前を呼んでいる。何度も、何度も。 約束、覚えてるか。 僅かに大きくなった彼の声が静かに訊ねた。 私は慌てて言葉を返す。まだ半分眠っているせいで、少し震える声で。 はい。はい。覚えています。 重い頭で、けれどはっきりとそう答えた。 初めてこの縁側に二人きりで座ったのはいつだったっけ。 正確な日にちは分からないけれど、もう随分と前の春だったことは確かだ。 広い庭で咲き誇る桜の木から、風に乗って私の肩へと落ちてきた花びらを口実に、 あの人がこの頬に口付けしたのをよく憶えているから。 正式な夫婦になってから初めての、甘く愛おしい行為だった。 政宗は小十郎さんの目を盗んで執務室から抜け出しては、 おもしろい噂話やあざやかな絵巻物を片手に、この縁側に私を誘った。 毎回、なにか明確な目的があるわけでもなかった。 私の淹れたお茶を飲んだり、政宗が用意した和菓子を食べたり。 ただただ二人で、他愛ない話をしながら流れていく雲を数えたこともあった。 政宗はよく歌をうたってくれた。 筆を持ち出してきて得意の和歌を詠んだりすることもあれば、 私の知らない、異国の歌をうたったりもした。 やさしい声だった。 戦場でのよく通る声とは違う、私だけが知っている音。 「―――、……さま、さま」 相変わらずうとうとしていた私の肩に、大きな手が置かれた。 重いまぶたをうすく持ち上げる。 何度か瞬きを繰り返した先で、心配そうな顔が私を覗き込んでいた。 「…小十郎、さん」 「よく眠っていらっしゃるところを申し訳ない。 だが、このような所で寝られてはお体に障ります。どうぞお部屋へ」 いつの間にか落ちていた肩掛けを拾って、手を差し伸べてくれる。 そうだ。このくらいの時間になるといつも小十郎さんが迎えに来ていたんだっけ。 彼はすこし頑固だけれど優しい人だから、政宗がここに居ると知っていても、 急ぎの仕事がない限りはそっと放っておいてくれた。 小十郎さんの手を借りてゆっくり立ち上がる。 部屋を出ようとすると、「宜しいのですか」と声を掛けられた。 「何がですか」と、そう聞き返そうとして、声が出なかった。 だって、そう尋ねる私の方がおかしいのだと、自分でちゃんと分かっていたから。 軽く会釈をしてから借りていた手を離す。 縁側に置かれたままだった、中身の減っていない冷たい湯飲みと 手が付けられていない和菓子を丁寧に盆に乗せて運ぶ。 広い部屋の壁際に置かれた仏壇へ、いつものようにそっと戻した。 線香を一本立てて手を合わせる。 細い煙が宙に溶けて消える前にゆらりと私を取り巻いた。 まるであのとき、 唇の端についた血を拭おうともしないで私を抱き寄せた、 彼の腕のように。 『約束、覚えてるか』 はい。はい。覚えています。 私はずっと此処にいます。たとえあなたが隣に居なくとも。 今日も空は青かったですよ。そこから見える空の色は、いかがですか。 こんな日、政宗は決まってあの歌をうたっていましたね。 あなたのように上手くはないけれど、私も此処から歌います。 私の声を好きだと 愛していると、最期まで囁いてくれたひと。 あなたのために、この歌を。
白鳥のうた 2006/11/21 思いついて、何やらすごいスピードで書きあがったもの。 色々消化不良な部分もあるけれど、書いてて気持ちよかった。 [白鳥の歌…伝説で、白鳥が死の間際に唄うという歌。転じて最後の歌。] 反転で弁解↓ ヒロイン死ネタはついよく書いてしまうんですが、相手キャラの死ネタは滅多に書きません。 やっぱり皆さん、それぞれ思うところがあると思うし…こんな私にもこだわりはあるし。 何より史実の伊達政宗という人物が好きなので、 戦では死ななかった彼の『死』をこういう形で書くのは私自身かなり抵抗があったんですが、 BASARAという一つの作品のうちでの表現、として見て頂ければ幸いです。 ここまで読んでくださってありがとうございました。 |