右眼が欲しい、と言われた。






散華






美しい十六夜の月の夜、私たちは縁側で二人きりの宴会を開いた。
庭にある赤みの強い枝垂桜もちょうど満開で、
この木が特にお気に入りの政宗は始終ご機嫌だった。
料理にお菓子、そしてなにより美味しいお酒。
楽の音はなくても、嬉しそうに朱塗りの杯を傾ける政宗はいつもより酔っていた。


―――ねぇ政宗。あなたが今、一番欲しいものは何?


だから、かも知れない。
いつもなら躊躇ってしまい、絶対に言えないはずの言葉が、今夜はするりと喉から滑り落ちた。
さっき政宗に注いでもらったお酒に、風の中を舞った花びらが一枚落ちる。
気付かないうちに、私も酔っていたのかも知れない。


―――…右眼が欲しい。


それが、しばらく間を置いて返ってきた彼の答えだった。




―――…え、……

―――奥州は統べたし天下も取った。
    何より、お前がこうして俺の傍にいる今、これといって欲しいものなんざ無ぇよ。
    だが、あえて挙げるとするなら、右眼が欲しい。
    …視界が半分になったガキの頃から、ずっとそれが欲しかった。


聞かなければ良かったと、政宗の横顔を見て思った。
この答えが返ってくることぐらい、少し考えれば分かったはずなのに。
それを私はあえて聞いた。
政宗に、こんな辛そうな顔をさせてまで。


―――すまねぇな。こんなこと言って。


謝らないで。


―――私の右眼をあげる。


すこし掠れた声で、私は言った。
お酒の中の花びらがくるりと回る。政宗が驚いたように瞬きをした。


―――私の何かがあなたの一部になれるなら、それでも良い。




静寂だった。まるで辺りの空気が凍って止まってしまったみたいに。
しばらく見つめあったあと、ふいに政宗が私の顔を覗き込んだ。
綺麗な左目。長い睫毛の影が揺れてる。

ゆっくりと顔を近づけて、彼はそのまま舌先で私の眼球に触れた。

異物が触れてくる感触。熱い舌がゆるりと動く。
激痛が走ったけれど、できるだけ瞬きをしないようにじっと我慢した。


―――ありがとうな、


耳元でぼそりと呟いて、そっと舌を離した政宗は、
真っ赤に充血した私の目元を愛おしそうに撫でてくれた。
その優しい指先は決して酔ってなんかいなかった。

彼は今、私の眼球を通して、過去の自分の願いへと口付けたんだ。
そう思うと涙が溢れた。
生理的に眼の表面を潤すものと、感情によって流れ落ちるものと。




私は泣いた。
彼の右眼になりたかった。
彼の過去を背負いたかった。
彼の苦しみを癒したかった。

私は泣いた。
政宗も、泣いた。








2006/12/29
久しぶりに満足のいくものが書けた気分。お気に入りです。