我輩は猫である。 名前は無いわけではないが、いくつもあるし、なにより猫と名乗りたい年頃なのだ。 最近は立派なお城の縁側で背中を撫でてくれる、さんという人の所にお世話になっている。 あまり着飾ってはいないが、身につけている簪や髪留めはいつも立派なものだし、 声にも仕草にも気品がある。たぶん城主の奥さんなのだろう。 だとしたら今の我輩はすごい。一国の主の妻の猫だ。 「お、そいつまたいるのか」 「あら。お仕事お疲れさま、政宗」 おや、今日も眼帯のあの人がいらっしゃった。 仲睦まじそうに話している様子を見ていると、どうやらあれが彼女の旦那さまらしい。 さんに負けず劣らずの美貌の持ち主だ(猫の我輩から見てもそれぐらいは分かるのである) 美男美女の夫婦だ。とてもいいと思う。 旦那さまがさんの隣にすっと腰を下ろして、我輩の頭を撫でてくれる。 大きな手だ。無骨ではあるがやさしい。きっと彼女はこの手に包まれて眠るのだな。 くすくす笑う声がして、さんも耳の後ろを撫でてくれる。 ううむ、猫に生まれてよかったと思う。人間には分からない幸福であろうな。 「俺は撫でてくれないのかい?」 「…あなたにはこっち」 おや、どうやらそうでもなかったらしい。 笑う旦那さまの長い前髪を撫でながら、ぐっと伸ばした背筋で恋人同士の挨拶。 この角度からは眼帯下の表情はよく見えないが、きっと嬉しそうな顔をなさっているのだろう。 反対にさんは真っ赤だ。でも我輩には分かる、この人もきっと嬉しいのだ。 さて、邪魔者は退散するとしよう。音を立てないように膝の上から脱出する。 本当に今晩はいい月夜だ。こんな夜はきっと穏やかで長い。 どこかで月見でもしながら、ここ最近ずっとお世話になっているお礼に、 二人の末長い幸せを祈ろうと思う。 猫にくちびる
(そして満月の夜は静かに更けていく) 「あいつ、空気の読める奴だな。気に入った」 「どうかしら。恋人に会いに行ったのかもしれないわ」 「俺たちみたいにか?」 「…今夜はやけにご機嫌ね、政宗」 「Of course!前回は雨だったからな、今夜の月見は楽しもうぜ」 「ふふ、最初の乾杯は誰に贈る?」 「そうだな。俺とお前と、それからあの猫へ、ってのはどうだ?」 2007/11/19 |