視線と沈黙。それがすべてだった。
政宗に見つめられている顔の皮膚がちりちりと焼けるように痛い。
いつもは優しい色を宿している左目。
それが今は怒りの中で燃えているのがはっきりと分かった。

本気で、怒っている。

この人は眼光だけで人を殺せるんだろうか。
こんな彼を敵に回そうというのだから、他の戦国大名たちの気持ちは分からない。


「…どうしてこんなことをした」


自室に呼ばれ、言われるがままに向き合って座り、どれだけの時間が経ったのか。
ようやく口を開いてくれた政宗の声は想像していたよりずっと静かだった。
…いや、違う。これは感情と声音を理性で抑えた声だ。


「こんな怪我まで作って、俺を守ったつもりか」


背筋を冷たく這っていく言葉の重さに包帯を巻いた片腕がキリリと痛む。
あまりの居心地の悪さに軽い眩暈。
腕を庇うように思わず身を引いた私の動きを、彼は決して見逃さなかった。


「自己犠牲精神は捨てろって何度言ったら分かるんだてめぇは!!」


ついに荒げられた声。解放された怒りに部屋の空気が音を立てて軋む。
何もかも放り出して逃げてしまいたい衝動を必死に押し留めて、静かに顔を上げた。
冷徹な龍の目が私を見ている。


言い訳をするつもりはない。
けれど、あれは本当に偶然だったのだ。




先日の戦で、私は政宗の隣にいた。数日続いた攻防もようやく終わりという頃だった。
すでに勝敗は見えてはいたものの、残党の予想以上の抵抗に
政宗の背後を守っていた小十郎がそのとき少しだけ持ち場を離れていた。

今思えば、それが敵の最後の狙いだったんだろう。

鳥の鳴き声に振り向いたその先に、物陰から弓を構える敵の姿があった。
反射的に隣を見る。政宗は気付いていない。
声より先に身体が動いていた。
確信があった。矢の軌道は見えていた。自分が行けば、彼は怪我をせずに済む。




「…あなたに、生きていて欲しいから」


あのときの光景を思い出して、掴まれたままだった腕が初めて震えた。
政宗がすこしだけ目を見開いて私を見返す。
怖い、怖い、怖い。
彼の怒った眼より、声より、あのとき感じた確かな恐怖。

政宗を失うかも知れないという、圧倒的な絶望。


「私の全てはあなた、だから。あなたが生きているのなら、それで十分、だから」


いとおしい人。本当に、心から。
だから生きていて欲しい。
穏やかに、幸せに、美しいものや優しいものに囲まれて歩いていって欲しい。
そう、たとえ、



「たとえその隣に私がいなくても、」



構わない、と最後まで続けることは出来なかった。
肩に重みが掛かったと思った、その次の瞬間には押し倒されていた。
畳のにおいと捕らえられた手首の痛み。間近に感じた、ひどく乱れた息遣い。
息苦しさを感じた口元には彼の大きな掌。

私の口を塞ぐ政宗の掌は冷たかった。まるで冬の日、池の氷にでも触れたかのように。
腕の傷に染み込むような静寂の中で政宗が何か呟く。
おそらくは異国の言葉だろう。私には分からない、けれど。


嗚咽をこらえるように唇を噛んで、私を掻き抱く腕の強さだけで
答えは十分な気がした。






「Please don't go
in the distance.」








2007/11/23