ふと気が付くと身体が宙に浮いていた。 突然のことにぎょっとして、とりあえず辺りを見回してみる。 これといって目立つものはない。地面や壁も見えなかった。 海なのか空なのかはっきりしないが、周囲は見渡す限り青一色だ。そしてこの浮遊感。 俺はどうやら夢を見ているらしい。 普段ならありえない状況に驚きはしたが、慣れてみると気分が良かった。 せっかくの夢だ。このまま朝が来るまで、宙を漂いながら一眠りするのも悪くないと 目を閉じようとしたその時、どこからか小さく人の声が聞こえてきた。 振り返ってみると、そこには一人の子供の姿。 夢の中とはいえ、なぜ今まで気付かなかったのだろう。人の気配には敏感なはずだが。 すこし離れた位置に突っ立ったままの子供は泣き止まない。 知っている気がする着物、髪の色、しゃくりあげる声。 …ああ、そうだ。これは、あの頃の俺。 伸ばしすぎの前髪の下で、まだ右目に包帯を当てていた時の。 今までの良い気分はたちまち消え去った。舌打ちしながら目を反らす。 すると突然、何の前触れもなく泣き声が止んだ。思わず視線を戻して―――目を見張った。 あれだけ泣いていたはずの子供の俺は誰かに抱かれて眠っていた。 長い髪を背中に垂らした、細い体躯の女だった。 あやすように背中をさすりながら子供の頭を撫で、何事か耳元で囁いている。 あれは誰だ? 顔は見えない、だが妙に懐かしい気にさせる女。 思い出せないもどかしさに目を瞑る。 視界を閉ざした世界で感じたのは相変わらずの浮遊感と、額をそっと撫でられる感触。 「おはよう、政宗」 次に目を開いたとき、あの浮遊感は消えていて、代わりに自分は布団の中だった。 見えているのはいつもの天井と傍に正座しているの顔。 心配そうな表情を残した顔が俺を覗きこむ。 「なかなか起きないから、具合でも悪いんじゃないかって心配してたの。気分はどう?」 「……ああ…悪くはねぇ」 俺の返事に「良かった」と微笑んで、前髪を梳いてくれるの手に身体の力が抜けていく。 ああ、この感じ。身体の奥にあった何かがすうっと溶けていく。 夢の中にいた子供の俺もこの感触に安心したのだろうか。 「…やっぱ気分悪ぃ」 「えっ!ど、どうしよう、誰か呼ばないと…」 急に慌て出した彼女に、掛け布団の下でこっそり笑って 腰を浮かしかけたその腕を掴んだ。 「アンタがもうちっとだけ撫でてくれたら治りそうなんだがなぁ」
青い夢を泳げ
…怖い夢でも見たの? いいや? 聞きたいか、Honey。 興味はある、かな。 ―――あんたの夢を見てたんだ。 2008/03/03 |