幽霊みたいな子だ。
死神の自分が言えた義理ではないのかも知れないけれど。






040,あやかし






まるで煙のように周囲に馴染んで、そのくせ確かな存在感でもって其処にいる。
隣で微笑んでいたかと思えば、気付かないうちに音もなく離れていく。
はそんな子だった。

普通の女よりはるかに白い肌。作り物めいた顔立ち。
小柄で細い体躯。ころころ転がる柔らかい声。


「市丸隊長。藍染隊長が、お話があるからとお呼びですよ」


…ああ、まただ。
いったい何度、下の名前で呼ぶように頼んだか知れないのに。
なのにはいつだって困ったように笑って、
「隊長にそのような無礼は」と、弱々しい声で謝るだけだった。

ふわふわ、風船みたいに揺れる不安定さ。
今にも透けてしまいそうなその肌に爪を立てて破いたらどんな音がするのだろうと、
そんな思考を巡らせている自分を、この子はきっと知らない。



「随分とご執心じゃないか。市丸」
「藍染隊長こそ、また随分と分かりきったことを仰いますなァ」
「説得するのも組み伏せるのも自由だが、拒まれたとき、お前は諦められるのか?」
「さてどうでしょ。けどまぁ、みっともない失態だけはせんよう気ぃ付けますよ」



忠告は別にこれが初めてじゃなかった。
でも、そろそろ事を起こす時期が迫っている。忠告が警告になるのも時間の問題。
考えていなかったと言えば嘘になる。
だけれど、その現実から顔を背けていたのも事実で。

指摘されるたびに残された時間を指折り数えては、
彼女を何とかして自分のところまで堕とす方法を考えていた。
けれど、行き着く先はいつでも同じ。


煙みたいで、弱々しくて、いつも仄かに笑っている子。
地に着く足の見えない彼女を連れていくことは、出来ない。





「ごめんなぁ、
「どう、して……なぜなのですか、市丸隊長っ!!」
「君は結局、最後までボクの名前を呼んでくれへんかったなぁ」


幽霊みたいな子。
けれどそれは、言い換えてみればその存在の危うさに他ならなかった。
こんな弱々しく透けた子を連れていっては行けない。
これから自分が歩む道は、きっと彼女には重すぎる。

なぁ。君は連れて行かない。


「追いかけておいで。ボクのことを想ってくれるんやったら、地の果てまで」


そのかわりその存在を、不安定な感情を縛りつける契機をあげる。



「呪い殺すくらいのイキオイで、なぁ?」



これで君はほんものの幽霊だ。想いに縛られて、足が無くなる。










2006/08/06
幽霊に足がないって本当なのかは知らんけれども。