ほんの一瞬、空の光がふっと落ちた気がした。
続けてなにか軽い音がして、私は開け放していた窓の外へ視線を移す。
今日は秋晴れという言葉が本当によく似合う日で、
山のような仕事も珍しく順調に片付いていた。そんな中の、小さな異変。


「お天気雨やね」
「…っ! い、市丸隊長、お戯れが過ぎます…」


突然、耳元を撫でた声に思わず飛び上がってしまった(恥ずかしい…!)
いつの間にいらしていたのか、ご丁寧に霊圧まで消して私の背後に立っていた市丸隊長は、
私の肩に顎を乗せて「ごめんごめん」とおかしそうに笑っている。
今までにないくらい、そのお顔と声が近くにあって、
銀色の髪がさらさらと私の肩に触れては離れる。


「誰かが嫁入りしてはるんやろか」
「お嫁入り、ですか?」
「そうそ。お嫁さん」


言いながら、音も立てずに私の傍からすっと離れて、
(ああ。少しだけもったいないなぁ、なんて。思ってしまった)
開けっ放しにしていた窓枠に手を掛けながら空を見上げるように身を乗り出す。
窓枠を伝う小さな雨粒に手を伸ばすと、長く骨ばった彼の指先に器用に水滴が乗った。
きらきら光って、とても綺麗。


「嫁入りの娘さんが流す涙なんやて」
「…え、」
「恋した相手に嫁ぐ嬉しさか、望まない相手んとこに行く悲しさか」


どっちなんやろうねぇ。
うすい唇の端をゆがめて、市丸隊長はそのまま指先についた雨粒をぺろりと舐めた。


「もしボクんところにお嫁にきてくれたとしたら、
 ちゃんはどっちの涙で泣いてくれるんやろうねぇ」


時折流れてくる雲の影に隠れながら、屋根や壁に当たってはじける明るいお天気雨。
その細い雨音に紛れて、白い嫁入り行列が過ぎていく幻が、
彼が笑いかける私には見えた気がした。





狐の嫁入り










2007/11/08
憧れの花田山子さんへ、心を込めて!