うすむらさきの唇にまっかな血が飛んでいて
それを美しいと思ってしまった自分がいたんです




「泣き虫なひと」


さんはそう言ってひっそりと微笑んだ。
ちいさな唇が描いているのはどう見てもゆるやかな曲線だ。
周囲に満ちている苦しげな呼吸に反して、それは本当に安らかな笑顔のように見えた。
これも自分の身勝手な空想の賜物なのだろうか。
そうだとしたら、我ながらずいぶんと都合の良い頭だ。


「今ここで一生分泣いてしまうつもり?」


囁くように言って、土と埃ですっかり汚れてしまった腕を持ち上げる。
伸ばされた指先が彼女の顔を覗き込む自分の頬へと届く。
カリ、と震える爪先が力なく肌を引っ掻いた音が、まるで渦のように辺りを取り巻いた。
背筋を這い上がってくる不吉な空気に、思わず口を開いて彼女を呼ぶ。


さん。さん。さ、ん。


言いたいことはたくさん、たくさんあるのに。
息をするたび塩辛い空気が邪魔をして、それ以上を口にすることが出来ない。


「…泣き虫な、ひと」


先程と同じ言葉をこぼして、さんはもう一度だけ笑った。
何か大切なものを諦めてしまった、そんな微笑み。彼女らしくない。
(認めたくない、けれど。でも、自分にはそう見えたのだ)

カリ、リ。
頬から滑り落ちていく指先が、ひどく冷たい。



「わらってヘイハチ。我が侭を言わせてくれるのなら、さよならを言えない私のために」






泣き虫なひと






そういうあなたは笑いながら死にゆくのでしょう
私などひとり置いて






2007/07/22
最後のお別れまで、笑って言わなければいけないのですか。