啜り泣きが聞こえる。
夢より深いところで漂っていた意識を揺り起こしたその音は、
崩れかけた廃墟の床で横になっていたこの耳にも驚くほど鮮明に届いた。
身体を起こそうとして、足も手も思うように動かないことに気付く。
あちこち痛む身体に舌打ちをして泣き声が聞こえてくる方へと首をめぐらせた。

が、泣いている。

部屋の隅で小さく丸まって、両手で顔を隠している。
白い指のあいだから零れ落ちる水滴が見えた。
声を掛けようと口を開いて、出てきたのは乾いた息だけだった。
肋骨が何本かやられているらしい。呼吸が辛い。


「…泣かないでよ」


どうにか吐き出した声は無様に掠れていた。
びくり、と顔を上げたの肩が跳ねる。
いつから泣いていたんだろう。泣き腫らした目が真っ赤だ。


「君はどこも痛くないだろ」


恭弥くん、恭弥くんと、うわ言のように繰り返しながら近付いてきたを見上げる。
見たところ怪我はなさそうだ。そのことに安心して、痛む右腕をなんとか宙に浮かせると
縋るように、でもとても弱々しい力で彼女がその手を握った。

ごめんなさい。ごめんなさい恭弥くん。

何に謝っているんだろう。新たに溢れたの涙が腕に落ちる。
思い通りにならない身体と状況が憎い。

ねぇ、頼むからもう泣かないでよ。
肩なんて震えさせないでよ。
そんな声で謝らないでよ。


「君を泣かせるなんて、」


どれだけその涙がこの傷に染みていると思うんだい。
……痛い。





Silent Scar








2007/11/08