額を撫でられた、気がした。
やわらかい感触は心地よく、さらに深い眠りへ意識を連れていこうとする。
その誘惑をなんとか振り払ってゆっくりと瞼を持ち上げた。
眠気を払うように瞬きをする。


「おはよう、恭弥」


降ってきた声に思わずドキリとした。
涼やかな香水の香りにも、すぐ近くにあったその顔にも。


「……なにしてるの。こんなところ、で」


額を撫でる手を止めて、はふわりと笑った。
本当ならここにいるはずのない彼女の姿にようやく意識がはっきりしてくる。
お互いに忙しい仕事のせいで、最近はデートどころか顔も合わせていなかった僕の恋人は、
久しぶり、と微笑んでから質問に答えた。


「私もこの近くで仕事でね。綱吉くんに、恭弥も仕事だって聞いたから」
「それがなんで僕の部屋に」
「いけなかった?」
「…別に」


彼女の声はやわらかい。頬に滑り落ちるように降ってくる。
言葉のとおり、は仕事着の白いシャツを着ていた。ぱりっと糊がきいている。
ネクタイはきっちり締められていたけれど、
スーツの上着はベッド横の椅子の背にきちんと掛けられていた。
もしかしたら思った以上に長い時間、寝顔を見られていたのかも知れない。


仕事で来ているこの高級ホテルのセキュリティが完璧なのは確認済みだし、
なにより自分が第三者の気配に気付かないはずがない。

それをほんの一瞬でも、心地良い感触、だなんて。

そう感じてしまった自分がなんだか悔しくて唇を噛む。
僕が不機嫌な顔になったのを見て、は申し訳なさそうに眉を寄せた。
たぶん眠りを邪魔されたことに対して僕が怒っているとでも思っているんだろう。
にならどんなことをされても構わないくらいには思っているけれど、
それを言うのも悔しいし恥ずかしいから黙っておく。


「…起こしてごめんね」
「構わないよ」
「本当は顔だけ見ていくつもりだったの」
「そう思うなら、もう少し」
「え?」


シーツから伸ばした腕で彼女の手をとって自分の額に乗せると、
は驚いたような顔で、取られた腕と僕の顔とを交互に見比べていた。


「さっきみたいにしててよ。それなら、もう少し一緒にいてあげる」


早口でそれだけ言って目を閉じた。
呆気に取られたように動かないだったけれど、
しばらくすると小さく笑う気配がして、ゆっくりと指先が前髪に触れた。

さっき押さえ込んだはずの眠気がまたやってくる。
波のように揺れる意識が落ちたらきっと彼女はいなくなるんだから、
それまではこの指先の感触に甘えていようと思った。




フォルトナータ・ディート








2008/09/26
幸運を呼ぶ指に願いをこめて(いい夢がみれますように)