河原の土手にある桜はほとんど散りかけていた。
「桜を見に行こう」と、突然そう言って僕を連れ出したは、
風に散らされる花びらを眩しそうに、そして寂しそうに見つめていた。


「もっと早く来ればよかったね」
「だからもう桜は終わりだよって言ったのに」
「だって、どうしても恭弥くんと見たかったの」


はこの花がとても好きだったから、春になるといつも二人で花見をした。
僕が妙な病気に掛かって桜の側に寄れなかったときでさえ、一人でお弁当を作って行ったらしい。
そんな毎年の行事が、今年は出来なかった。

理由の半分は、忙しくて彼女に構ってあげられなかった僕のせい。
もう半分は、わがままの一つも言ってくれなかったのせい。

だから、今日のような春も終わる頃になってようやく言い出した彼女のお願いを、
口では「もうほとんど散っているよ」などと言いながら、
僕はすぐさま叶えるべく身支度を整えて彼女の手を引いたのだ。


「ねぇ恭弥くん」
「なんだい」
「すこし、肩を借りてもいい?」


桜の木の下で、が呟くようにいった。
彼女がそんなことを言うのは初めてだったので、
僕は内心驚きながら(しかしそんな表情は少しも出さずに)うなずいた。
うつむいたまま目を合わせようとしないは、おずおずと僕の肩におでこをつける。
しばらくはそのまま寄りかかるようにして立っていたけれど、
僕が彼女の肩に手をおいてやると、せきを切ったように泣き始めた。

が僕の前で、声をあげて泣いたのは、はじめてだった。

笑ったり、怒ったり、くるくる表情を変えるが僕は好きだった。
だけど悲しみはしても決して泣かない子だった。
彼女なりに我慢していたのかもしれない。僕は涙が嫌いだから。
けれど、今だけは。


「…大丈夫だよ」
「……っ、ひっ…く…」
「泣き止むまでこうしてる。どこにも行かない」


声をあげて、顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣くは普通の女の子だった。
ボンゴレという名のマフィアも、死ぬかもしれない戦いも関係ない。
どこにでもいる、年相応の女の子だった。





少女が大人になるとき





明日、僕たちは飛行機に乗ってイタリアへ行く。
彼女はもう二度と泣かないだろう。






2009/08/14
彼女なりの決別の仕方だったんだろうと思う。
この国と日常に背中を向ける、そのための。