は身体中に無数の白い包帯と、目元に一本の黒い目隠しを増やして帰ってきた。 当たり前のように、問い詰めた。 本人ではない。いつもヘラヘラ笑っている科学班室長サマとやらをだ。 周りの奴らの制止を振り切り、胸ぐらを強引に掴んで揺さぶれば、 彼女なら決して吐かなかっただろう事実を案外あっさりとコムイは認めた。 (「口止めはされてないから」という理由つきだったが) 奴は言った。 手は尽くした。けれど遅かったんだ。 奇跡でも起きない限り、もう二度との眼が光を感じることは無いだろう、と。 「何も見えない瞼の裏で、神とやらに会っているのかも知れないね」 書類に埋もれた奴の部屋を去る間際、数式と現実の上で生きているような男が そんな非科学的な言葉を口走った。 足早に部屋に戻ると、は机上のコーヒーカップを不思議そうな手付きでなぞっていた。 ドアの音に気付いて「おかえり」と笑う声に、ついいつもの調子で口を噤む。 そしてふっと我に返って、あまりの部屋の薄暗さに「電気くらいつけろ」と呟きそうになったが、 次の瞬間にはまた口を噤んだ。 そんなこと、もう彼女には意味のないことだと確認したばかりなのに。 薄暗い室内でも目立つ金の髪に、 その存在を主張しているような黒の目隠しが目障りだった。 「…それ、取れ」 「いくら神田くんの頼みでもそれは聞けないなぁ」 「胸くそ悪ぃんだよ」 「治る見込みのない傷を晒しておく趣味はないわ、生憎ね」 目が見えなくなったところでは何も変わっていなかった。 盲目ゆえの心細さもエクソシストという立場ゆえの気まずさも、どちらも微塵も感じさせない。 まるで自分だけが必死になって、現実と想いとの間でから回っているようで、 それがひどく気に食わなかった。 なにも言う気になれず、そのまま無言でベッドの縁へ腰掛ける。 「…目を閉じたとき」 「……は?」 「似ていると思ったのよ。今の状態と、目を閉じたときと」 少しの沈黙のあとが唐突に口を開いた。 「最初はそう思っていたんだけどね」と、カップから指先を離して、 そのままおぼつかない足取りでこっちに歩いてこようとするから慌ててその場を退く。 ゆっくりとした動作に合わせて、彼女のヒールと床とが鈍い音を鳴らした。 「―――でも今は、違うって確信できる」 勝手知ったる部屋だから出来るのか、それともさすがはというべきか。 不安げながらも、躓くこともぶつかることもなくベッドの側まで来て足を止める。 揺れていた目隠しの余り布も動きを止めたのがチラと見えた。 「目を閉じても、眼球はきっと瞼の裏を見ていた。 だから完全な暗闇は降りてこなかったし、それが当たり前だった私が気付けるはずもなかった。 ……でも、今は違う」 「本当に…何も見えない。ねぇ、神田くん」 「君の顔も、君の眼も…何も、何も見えないの」 ぽつり、ぽつりと途切れがちに、 しかし静かに続けられるの言葉に、なぜか背筋が震えた気がした。 なんで俺が震えなきゃならない。 だって俺は見えている。 包帯と目隠し以外は普段と何ら変わらないはずの、の姿が。 「…ねぇ、見えないよ。神田くん…っ……」 は言った。 月は勿論、星一つすら出ていない夜の闇の中に放り込まれたようだと。 そして彼女は理解している。 その闇の世界から逃れることは、もう二度と出来ないだろうということを。 どこにいるの。そう悲痛に呟くの声に、 とっさに「ここにいる」と叫んで、 宙をさまよう腕ごと、気付かないうちに震えていたその細い身体を抱き締めた。 27, 星一つ すら、 見えない
目には見えない傷跡を隠す細い夜空に、いびつな星が一つ濡れた。 2006/03/30 君の黒は、あんなにあたたかだったのに。 |