突然「甘いものが食べたい」と言い出したに付き合って、
滞在していた宿から大通りのケーキ屋へ足を向けた。

チーズケーキとガトーショコラ、ティラミス、ショートケーキ。
そして店先で惹かれたらしいプリンを二つ買って、
(そんなに買ってどうすんだと訊ねると「みんなへのお土産に」と笑っていた)
ひどくご機嫌らしいは、にこにこと笑いながら俺の手を引く。


「戻ったら紅茶と一緒に食べようね」
「…夕飯はどうするんだ。もうじき夕方だぞ」
「ん。今日は少し遅めに食べようか」


久しぶりに日本食が食べたいねと、相変わらず楽しそうに笑う。
このままだと鼻歌でも歌いだしそうな彼女に小さくため息を吐きながら、
それでもなぜか、繋いだ手を離そうとは思わなかった。


こんなふうに何気なく街に出て、ゆっくり歩いて、手を繋いだのなんていつ以来か。
そんな柄でもない思いがふとよぎった。
本人に気付かれないように、嬉しそうなの横顔を見つめる。

今回の任務も随分と長かった。
結果的に当たりの任務だった上に、こうして無事に終わったからまだ良いものの、
以外の奴がペアだったらもうしばらく掛かっていただろう。
(やわらかく微笑むこいつの、一体どこにあんな力があるのか俺はいまだに分からない)

と俗にいう「恋人同士」になったのは最近のことではないはずなのに、
日々の任務のせいでそれらしいことをした記憶はほとんどない。
そこまで考えて、

『明日は一日休暇にしてあげる』

昨夜の任務終了の電話報告のときに、
どこか楽しそうにそう宣言したコムイの意図が、今ようやく掴めた気がした。


「ね、神田くんはどれが食べたい? ケーキ」
「…別に、どれでもいい」


お前がそうやって、楽しそうに笑って選んだものなら。

まさか言えるはずのない言葉を、吸い込んだ空気と共に呑み込んだ。
代わりに繋いだままの手を引いてを抱き寄せる。
わわ、と傾いたケーキの箱に慌てた声があがった。…別に気にしない。


人影もまばらな、紅茶色に染まった街の真ん中で
忍び寄ってきた夕闇に隠れてキスをした。





ミルク色の小道










2006/12/16