十六よ、と微笑んださんの声がまだ耳の奥に残っている。
じゅうろく。たった一年。

俺はなぜ、あと一年、早く生まれなかったんだろう。




いつものように、食堂から人が減る時間帯を見計らって一人で夕食を食べに行く。
六年生になり、用具委員会の活動が忙しくなってから身に付いたこの習慣は、
今ではすっかり日常の一部になっていた。


「あ、食満くん」


こっち、というようにひらひらと手を振るさんに軽く右手を上げて答える。
おばちゃんから定食の膳を受け取って、彼女の向かい側に腰を下ろした。


「おつかれさま。今日も用具委員会?」
「ええまぁ。まったく、備品は大事に扱ってくれってあれだけ言ってるのに」


小鉢の煮物を口に運びながらため息をついてみせると、さんはくすくす笑った。
きれいな微笑みだ。ひかえめで、そこはかとなく大人を意識させる表情。
この笑顔を初めて見た日からもうずいぶん経つのに、
俺はまだ笑顔どころか、自然な表情を返すことさえできないでいる。



さんは俺が六年生になった春に学園へやって来た。
学園長先生の友人の孫だという彼女はプロの忍者として働いているそうだが、
怪我だか病気だかでしばらく身体を休めることになり、
養生しながら忍術に携われる場所、ということでこの学園が選ばれたらしい。

そんなさんは現在、学園内のあらゆる雑用をこなしながら生活している。
食事どきの食堂の手伝いもそのひとつで、
彼女は混みあった食堂から人が減った頃にいつも遅めの夕食をとる。

早い話が、俺はその時間帯を狙って来ているというわけだ。


「この前のテストはうまくいった?」
「ええ。助かりました、実技は自信あるけど筆記はからきしだから」
「ふふ、休業中の私でも役に立てたなら良かった」


休業中、という言葉を口の中で転がす。
こうして一緒に食事をしたり、なんでもないことを話していたりするとつい忘れてしまうが、
彼女は優しく面倒見がいい、ただのお姉さんというわけではない。


さんと顔見知りになったばかりの頃、年齢の話をしたことがあった。
後から考えれば失礼な質問だったが、当時は慣れない異性との会話で精一杯だったのだ。

『十六よ』

驚く俺には気付かず、少女と大人の中間にある表情でさんは答えた。
もっと、年上のひとだと思っていた。
たった一つしか違わないのに、俺はまだ学生で、彼女はプロとして働いている。
その事実が意味する壁に、俺は一人で唇を噛む。

自分の腕だけで生きているさんに比べれば、
俺はどうしたってまだ子供で、
追い越すことは無理でも、せめて肩を並べることができればいいのにと思う。


「明後日、火薬関係のテストがあるんです。良かったら勉強、見てもらえませんか」
「もちろん。立花くんに負けないように頑張らないとね」


そう思っているのは事実なのに、俺はこうして理由を作っては一人で彼女に会いに行く。
年下という立場を利用して、彼女と少しでも長く一緒にいられる口実を作る。

『食満くんは私の可愛い後輩みたいなものだもの』

いつだったか、そんなことを言っていたさんの言葉を思い出した。
その後輩から早く抜け出したいのに、
その関係にすがり付いてる自分が情けなくてたまらない。



せめて俺があともう一年でも早く生まれていたら、
さんは、俺を男として見てくれましたか。

喉の奥に引っかかった願望を、味噌汁で強引に流し込んだ。





届かない背中と
臆病な腕








2010/03/23
忍者のたまごたちはみんな好きですが、やっぱり用具委員長が好きです。