「どうして黙っていやがった」


ここ数日、それとなく会話を避けていた彼についに捕まった。
私を見つけるなり血相を変えて詰め寄ってきた彼に「ああ、知られてしまったんだ」と確信する。
小十郎は私の腕を掴んだまま動こうとせず、
私もその強すぎる力と真剣な目に圧倒されて動くことができない。


「縁談が来てるなんざ、そんな話、俺は聞いてねぇ」


やっと口を開いたと思ったら、この声。普段から低めの声が今日は少し掠れている。
返事はしなかった。絡まる視線を振り切るように顔を背ける。
それでも掴まれた腕は解放されない。

いったい誰に聞いたんだろう。
まだ正式に決まった話なわけじゃないから、知っている人は少ないはずなのに。
ましてや彼のような、仕事に忠実な人の耳になんて。


「…両親も、以前から身を固めて安心させて欲しいと言っていたし…」
「違う、俺が聞きたいのはそういうことじゃねぇ」
「……え…」
「なんで、そんな大事なことを、」


俺に話さなかった。

そう呟いて苦しそうに顔を歪める小十郎に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
同時に淡く小さな期待が胸に浮かび上がりそうになったけれど、
その感情はすぐに目を閉じて心から消し去った。

そう、きっと彼は気にしているだけなんだ。
普段から一緒にいることが多かった私が何の相談もしなかったことを寂しく思っているだけ。
彼は私のことを『良い友人』だと、そう思ってくれているはず、だから。


「…何も言わなかったのは、謝ります。ごめんなさい」
「……、聞け」
「忙しいあなたに余計な負担を掛けたくなくて…それに、」
、俺はっ…!」
「私が!」


思わず語気を荒くした私に、小十郎が驚いたように言葉を止めた。
言っては駄目。駄目なの、に(どうしよう、止まらない)



「私が本当に想うあなたに、私の手は届かない、から」



…言ってしまった。これだけは黙っておこうと、心に決めていたのに。
彼に会って、その目を見て、言葉を交わして。
そして一度でも彼の前で自分の気持ちを自覚するようなことがあれば、私は自分を止められない。
それが心のどこかで分かっていたから、彼には何も言わなかったのに。

しばしの無言。
掴まれた腕さえなければ、今すぐにも走って逃げてしまいたい。


「…なんでお前はいつもそうなんだ」


二人の間の沈黙を破ったのは小十郎の呟きだった。
その声があまりにも弱々しいものだったから、私は驚いて俯いていた顔を上げる。


「小十郎…?」
「俺がお前を想うようになるかも知れねぇと考えたことはなかったのか」


小さな声だったけれど、見下ろす目は真剣だった。
分からない。彼は何を言おうとしてる?
掴まれたままの腕に力が込められて、身体の重心を失った私は彼に抱き寄せられる。
目の前に迫る唇と頬の傷。



「お前が好きだ」








純情セレナーデ








2008/03/06