つらい思いをさせる、と彼は言った。
同時に、この感情をどうしたらいいのか分からないのだとも。


最初は彼が何を言いたいのかよく分からなかった。
けれど、彼との関係が世間一般でいう恋仲になったのだという実感が湧きだした頃、
彼の言葉と苦しげな表情の意味がようやく理解できた。

事実、彼は私を何度も傷付けた。
私は彼が仕事でいない夜を何日も一人で待たなければならなかったし、
怪我なんてしないように祈らなければならなかったし、
初めての口付けや身体の触れ合いに声を押し殺さなければならなかった。

彼は女の私よりよっぽど美しい人だったけれど、だからといって理想の男性というわけでもなくて、
サムライゆえの危険や駆け引きといつも隣り合わせだった。
危ないことは止めてほしいと、何度も何度も言おうとした。
けれど彼が大事そうに指を伸ばす刀を奪えるような勇気も権限も私にはなくて、
気をつけてね、と出掛けていく背中に笑うだけで精一杯だった。


つらい思いをさせる、と彼は言った。
同時に、この感情をどうしたらいいのか分からないのだとも。


だけど、でも、それだけだった。
今ならはっきりと分かる。私は彼に間違いなく愛されていた。
どこまでも優しく、柔らかく、包まれるような感情で満たされていた。
あの金の髪が埃に汚れている姿も、刀を握るには繊細すぎる指が傷を作ったところも、
私は一度だって見たことはなかった。
鞘にしっかりと納められた刀の刃だって、大変なはずの仕事の片鱗だって、
彼は決して見せようとしなかった。


守られていたんだ、いつどんな時だって。
ねぇそうでしょう。あなたはいつだって無口だったけれど、
私が話しかけて返事をしなかったことなんて、ただの一度だってなかったもの。
でもねキュウゾウ。あなたは最後にとんでもない失敗をしたんだよ。
あなたは気付いているのかな。ねぇ、キュウゾウ、





置きざりの愛
残された私





置いていかれるという痛みがどれだけ深い傷になるか、
土の中のあなたはきっと知らないまま。








2007/11/21