「私ね、ほんとは作家になりたかったんです」


深夜の甲板で、俺の横で毛布にくるまったが空を見上げたまま言った。
膝を抱えて座っている彼女の手元には紙の束とインクがある。
数日前に立ち寄った港で購入し、今しがたに渡したばかりの新しいものだ。


「私の家はあんまりお金持ちじゃなかったですし、小さいころは身体が弱くて。
 だから毎日毎日、本ばかり読んでいました」


だって一番お金の掛からない旅が出来るでしょう?
そういって、故郷の小さな図書館にあった本はほとんど読みつくしたというは、
子供の夢のようなおとぎ話や、はるか昔に生きた偉人たちの話を聞かせてくれる。
本で読んだ話もあれば、自身が幼いころに作った話もあるらしい。
俺にしてみればどちらも面白く興味深いことに代わりはないので、
特に気に入った話は彼女に頼んで紙面に残してもらっている。
そのための紙とインクというわけだ。


「…ま、俺の中じゃ、お前はもう立派な物書きだけどな」


そういうわけで、この船を世界とするのなら、
彼女はすでに「作家になりたい」というかつての夢を叶えているのだ。
俺の部屋にはにこれまで書いてもらった物語たちが息をひそめている。


「でも、ローさん専属ですよ?」
「不満か?」
「とんでもない」


ありがとうございます、と照れたように微笑むの頭をくしゃりと撫でて、
落ちかけていた毛布を肩に掛けなおしてやった。
この辺りの気候は安定しているとはいえ、あまり潮風に当たっていては身体を冷やす。
悪いとは思いつつ、こうして深夜の甲板で過ごす二人の時間が楽しくて、
晴れた日の夜にはついつい彼女を呼び出してしまう。

の声は甘くやわらかく、とろとろと眠気を連れてくる。
その唇が紡ぎだす物語は、ベッドの中の子供を寝かしつける母親のような優しさで俺を包む。


人間に恋した人魚。空の上にある王国。千年も戦い続ける巨人たち。
不思議な住人たちを夢の中へ連れていけるのは、船長である俺だけの特権。


「さあ、今夜は何を話しましょうか」
「偉大な海の話はないのか、ストーリーテナー?」
「キャプテンがお望みなら喜んで」





海星の
フェアリーテイル








2009/10/29
初めてのワンピース!初めてのロー!