最近、よく夢をみるんです。それも同じ夢ばかり。
  …へぇ。どんな?
夢のなかで、私は海の中にいるんです。
  ふうん。
あんまり身体が軽くて、息も苦しくないから変だなって思ったら、私は人魚になってるんです。
  そりゃすごい。人魚はこの海で一番速ェらしいぞ。
へぇ、そうなんですか。
  ああ。…それで?
それでって?
  さっきの話の続きだよ。
あっ、ごめんなさい。それでですね。
  ああ。
それで、人魚の私は、恋をしているんです。
大きくて立派な船の上で、楽しそうなみんなに囲まれてる大海賊のあなたに。
  ………へぇ、え。
私はローさんとお話したくて、海の中へ連れて行こうとするんですけど、
夢でもやっぱりローさんは泳げなくて。
あなたはぐったりと目を閉じてしまって、名前を呼んでも反応してくれなくて。
  ………。
私は息の止まったあなたを抱いて、青い海底で泣くんです。




灯りを消したベッドの上で、ぽつぽつと呟くように話していたは、
夢の結末を語り終えるとそのまま口をつぐんだ。
部屋から声が消えると船の揺れる音だけが耳に届く。
小さく軋むような音を立てる船体に、この大きな船を揺らす雄大な海のことを思った。
夢のなかで、が俺の死体を抱いて泣いたという海のことを。


「……その夢には間違いがあるな」
「まちがい?」
「俺はお前なんかに海に連れ込まれるほどヤワじゃない」
「…それはまぁ、確かに」
「第一、海に嫌われた俺を海中に連れ込もうとすること自体が間違いだろ」


そう言い切ると、は困ったような、神妙そうな顔でちいさく首を傾けた。
おそらく素直に頷いていいものかどうか迷っているのだ。
特殊な能力と引き替えとはいえ、海に嫌われたという事実は海賊にとって悲しいことだから。


すこし苛め過ぎたか、と反省してシーツの上に散らばった髪を撫でてやる。
やわらかな枕に片側の頬を押し付けたまま横になっているをじっと見つめて、
ああでもこいつは確かに人魚のようだ、と思った。

ただし、恋しているのは人魚の彼女ではなく、人間である俺の方だ。
恋人という言葉を使ってなんとか自分の傍に繋ぎとめておこうとするのに、
海中を自由に泳ぐ人魚のような奔放さで、彼女はするりと腕の中から抜け出てしまう。


「俺が欲しいなら、お前が陸へ上がればいい」


俺の呟きに、の大きな目が驚きに見開かれた。
どこか寂しそうに見えていたその顔が違う表情を見せたことに気を良くして、
彼女のすべらかな頬に手を伸ばす。


「でかい水槽を買って、船長室に置いてやるよ。
 俺はにいつでも会えるし、も俺が暇なときはいつでも会える。
 ただし、お前が帰りたくなっても、絶対に海へは帰さない」


頬を撫でていた手を、その細い首の後ろへと回した。
逃がさないように指先に力をこめて、小さな頭を腕の中へと抱き寄せる。


夢のなかで息を止めたのは俺だった。
自分に恋した人魚のために海底で目を閉じた憐れな男。
だから俺は目の前に広がる現実の世界を彼女に証明してやるために、
の息を止めてしまうようにその唇をふさいだ。





グスコーブドリの
恋慕と怠惰








2009/11/18
title:「ネバーランドを守りぬけ」様