この広い海の上でなにが不満かって、この退屈だ。 最後に立ち寄った町で買った本はすっかり読みつくしてしまったし、 最近は商船や海賊船どころか、海軍の軍艦にすら遭遇していない。 グランドラインにおいて気候や波が安定しているのは良いことだけれど、 こうも刺激のない日々が続くとさすがにうんざりしてしまう。 普段は陽気なクルーたちも、ポーカーをするだけの毎日にすっかり飽きてしまったらしく、 掃除や洗濯や見張りの時間以外はみんな寝るかおしゃべりしているか、二つに一つだ。 「あー……暇ですローさん。とても、すごく、それはもう暇です」 「船長室に居座って、あまつさえベッドに寝転がってるやつが言う台詞か?」 「快適だけれど暇です」 「…俺はお前のそういうところが好きだよ」 ローさんは開いていた航海日誌をパタンと閉じて、椅子に座ったまま背後の私を振り返った。 私が観察していた限り、彼は今日まだ一度もペンを手に取っていない。 日誌を書こうにも文章にするほどの出来事が起こらないのだ。 我らが船長も退屈には勝てないらしい。 「このさい医学書でも何でもいいから貸して下さい」 「嫁入り前の女が解剖図はやめとけ。そんなに時間があるなら稽古でもしたら良い」 「みんなお昼寝してる時間ですもん。起こすのはかわいそうですから」 ベッドの上から見える丸い窓の向こうには爽やかな青空が広がっている。 おだやかな天気に、小さなあくびが一つこぼれた。 ここに来ればローさんが相手をしてくれるのが分かっていたから船長室に来たけれど、 柔らかいベッドの上で横になっているうちに本当に眠気がやってきた。 「あんまり長いことお邪魔するのも悪いですし、私もお昼寝してきますね」 上半身を起こして、ローさんに話し相手のお礼をこめて頭を下げた。 今からなら夕食の時間までゆっくり眠れる。 ベポくんの隣を勝ち取れば、あの柔らかいモコモコの感触にうっとりしながらいい夢も見られる…! そんな私の計画は、突然伸びてきた腕と「待てよ」という低い声によってあっさり崩れた。 「……えーと、ローさん? なんで私はベッドに押し倒されているんでしょうか」 「船長のベッドに寝転がるだけ寝転がって、それでハイ終わりとでも言うつもりか?」 「や、え、だってあなたが構わないっておっしゃったんですけど…!」 「この俺が見返りを望まないとでも?」 にやり、と不敵に笑う彼に思わずため息。 甘かった。我らが船長は退屈には勝てなくても、打開策を見つけることは得意なのだ。 観念して抵抗していた腕の力を抜く。 「いい子だ」と喉の奥で笑って、ローさんの指が私の頭を撫でるように動いた。 そのままその指がこの唇へと伸ばされたそのとき、 「「「敵襲!!!」」」 まるで狙ったかのようなタイミングで響いてきた警報に、 私は助かった!と安堵の息を吐き、ローさんはがっくりとうなだれた。 「キャプテンキャプテン! 敵襲だよ!!」 「九時の方向に海賊船が見えます! 相手はまっすぐこちらへ向かっている模様!」 「これは宣戦布告と見ていいですよね船長!」 ベポくんを筆頭に、暇を持て余していたらしい船員たちがドタドタ集まってきた。 船長室のドアを大きく開けて「早く外へ!」と私たちを呼んでいる。 瞳を輝かせて船長の指示を待っているみんなに、ローさんが観念したように息を吸い込んだ。 「久々の獲物だ。俺たちの邪魔をしたことを後悔させてやれ…!」 大きな歓声を上げてそれぞれの持ち場へ走っていくみんなの背中を追うように、 私と彼もそれぞれ武器を取って船長室から飛び出していく。 不機嫌そうに、だけれど久しぶりの敵襲に昂揚した様子でローさんが刀を抜くのを見て、 私はどんどん近づいてくる敵船へ武器を片手に軽く目礼した。 もちろん、私たちの暇つぶしにされる彼らへ、かすかな哀れみをこめて。
待ちくたびれたよ、
お客様 「お客様というより、ネギをしょったカモですけどね」 「ははっ! 違いねェ」 2009/11/26 title:「ネバーランドを守りぬけ」様 |