金魚蝨






深海の淵に似た真夜中の戦場で、
何百という兵の波間を縫うように泳ぐ魚を見ました。


かがり火の下でゆらゆら揺れる長い影。
照らし出される白い肌。
散らばる鱗にも似た刀の煌き。

頼りなげなその背中は儚くて、私の残虐な心を甘く疼かせるのです。


たとえ人差し指一本でも。呟くような声一言でも。
こちらが指示を出せば、私のは餌を追う魚の動きで戦場を走りました。
押し寄せる波を器用に避け、くゆりと身体をくねらせて
深夜の海を暁に染め上げていく。


香るのは焼けた潮のにおい。紅色は一面の赤潮。
敵の首を落とす太刀筋はまるで水底に刺す一筋の光のよう。


そんな彼女に、何となく触れたくなって。
私は小さな手招きで彼女を呼びました。
追ってくる輩を一人二人と切り伏せて、こちらへと泳ぎ着いた
息切れ一つせずに私の前で頭を垂れる。

その細い顎に手をやって上向かせると、頬に飛んだ血しぶきが目に付いて。
気を付けなさい、と囁きかければ
生きているからこそ澄んでいる両目をそっと閉じて小さく頷く。
切られたのか引っ掛けたのか、
破れた着物の袖口がひれのように夜風に舞っていた。



ああ、。私の
私の美しい白魚。

他の男に喰い付かれるくらいなら、いつかいっそ私の手で。








2006/12/05
タイトルありきで出来た話。
金魚蝨(チョウ)…世界中に分布し、淡水魚の皮膚に寄生して血液を吸う甲殻類の一種。