今朝は光秀さまの機嫌が良さそうだったから、
久しぶりに散歩にでも行きませんかと声を掛けてみた。
ご迷惑かな、とも思ったけれど、
どうやら本当にご機嫌らしい光秀さまはあまり考える素振りも見せずに、
「それでは彼岸花でも見に行きましょう」と微笑んで、
それはそれは楽しそうに私の手を引いた。


繋いだ手はそのままに、城を出て無言で歩いていく。
城下町へのあぜ道に毎年咲いている彼岸花は、
少し枯れたものも混じってはいたけれど、今がちょうど見頃だった。


「綺麗ですねぇ」


戦場で血に酔ったときのように、うっとりと目を細める光秀さまに
そうですね、と一言だけ言葉を返す。

視界を射止める赤の景色。
鮮やかすぎるその色に私も思わず目を細める。
彼岸花は好きだったはずなのに、こうして光秀さまの隣に立って見てみると、
不思議と特別な感情は浮かんでこなかった。


「目の前には彼岸の花。隣には貴女。
 ああ…もしも死ぬのなら今のような瞬間がいい」

「…お戯れを。縁起でもないことを仰らないで下さい」


くつくつと喉を鳴らす光秀さまに、つい本気になって反論してしまったけれど。
冗談だと分かっていても、この方の口からそういった類の話を聞くのは怖かった。
それでなくとも天と地の境目を生きているような人だから。

天上に咲く曼珠沙華。
怖れも迷いもなく、光秀さまはその花の間を駆け上がるんだろう。
「綺麗だから」の一言で、何本か道連れにしていくのかも知れない。

時が来たら。

時が、来たら。


そう思うと、城を出てくるときから握られたままだった左手が、
ひやりと冷たくなった気がした。


「…。どうしました、?」


握られた手を、今日初めて力をこめて握り返した。
光秀さまが不思議そうな声で尋ねる。
「何でもありません」と必死に口にした言葉は震えていたのかも知れない。

すこしの沈黙のあと、光秀さまはさり気なく私を彼岸花から遠ざけて、
何も言わないまま元来た道をたどり始めた。



ああ、この方はきっと独りで彼岸をいくのだ。
そして私に、それを止める術はない。





彼岸を夜明けまで









2007/01/05
気が付けば新年初めての完成。