(喰われている)






どこか他人事のように今の自分の状況をそう捉えていた。
見張り以外は寝静まっているだろう深夜。明かりは雲上の半月と外の篝火だけ。
そんな暗闇の中で、静かな衣擦れの音に紛れて
首の辺りを動く影が一つ、また一つ、痛みをこの身に数えていく。


眠りから覚めて、組み敷かれていると理解したときは息が止まりそうなほど驚いたが、
その相手が光秀様だと分かると抵抗の腕は止まった。しても意味がないからだ。
長い髪が私の頬や首筋を撫でていく。
何も言えない私はただただ口を噤んで、彼の腕から解放されるのを待っている。


けれど、妙だった。
着物の襟は緩められてはいたが肌蹴てはおらず、
光秀様の冷たい手も、すこし熱い唇も、私の首筋から決して離れようとはしなかった。
落とされるのは口付けと噛みつかれる痛みだけ。
しかし噛み千切られたような様子はちっともなかった。血が肌を伝う感触もない。
一体何がしたいのだろう、この方は。


「…起きているのでしょう?」


ふいに唇の熱が離れて、静かな声が耳元をかすめた。
正直にまぶたを持ち上げる。闇の中でうっすらと光秀様の細い輪郭が見えた。


「私はねぇ、分からないのですよ」


分からないと言われても、この方は私に一体どうしろと言うのか。
突然やって来て、身体を暴くでも命を奪うでもなく
愛情とも戯れとも取れない、いささか酷い行為をいつまでも繰り返す。


「この首さえ繋がっていなかったら、今すぐにでもあなたを喰らってしまうのに」


悩ましげな溜め息を吐きながら、今夜初めて光秀様の唇が私の唇に触れた。
血の味などしないそれはひどく柔らかく、
口を塞がれた私は答えることも出来ずに光秀様の背中へ腕を回した。






沈黙の鬼が
夜を喰らう








2007/11/07