「いい眺めですね」 クフフ、と薄く笑ってみる。我ながら冷たい響きだ、自覚はしている。 そんな冷笑を向けられるはといえば、焦点の定まらない瞳で床を見ていた。 いや、今しがた裸足で無理にこの廃墟を歩かせてしまったから 痛む足に怪我でも見出そうとしているのか。 朽ちた椅子に縛りつけられ、身動きすら満足にできないこの状況で 抵抗も反論もしない彼女はある意味とても強いのかも知れない。 「きみが博愛主義者なのは僕が一番よく知っていますし、 それはきみの美徳だと寛大に受け止めているつもりです」 うつむく首筋に、するりと指を這わせて顔を上げさせる。 乾いた唇が肌の白さと相まって妙に赤い。 うつろな目は瞬きすら緩慢に、無機質にこちらを映している。 「だからと言って、僕が痛めつけた男の手当てを許した覚えは、ありませんよ」 意図したわけでもなく、声のトーンが下がった。 掴むように手を置いたの肩が掌の中でピクリと震える。 気に入らないのは彼女の行動だけではない。 あれだけ他人からの好意をことごとく嫌がる男が、の施しだけは黙って受け入れた。 それが気に入らないのだ、自分は。 「…申し訳、ありません」 弱々しく震えた謝罪が小さな口から漏れた。 うつろだった目の光がはっきりとした悲しみの中で揺れては消える。 「このようなことは、もう二度と。お許しを」 すがるような響きを含む声に、なんとも言えない感情が自分の中で渦を巻く。 「…名前を呼んで。僕の名前を」 骸さま。彼女は小さな声で歌うように呼ぶ。 骸さま、骸さま、どうかお許しを。そう流れる音に他の男の影などなく。 「…もう良いですよ。すみません、痛かったでしょう」 「いいえ…そんな。ごめんなさい、骸さま、」 出来るだけ急いで縄を解いて、頬に付いていた汚れを丁寧に指先で拭った。 今までの行為すべての謝罪を込めて椅子の上で抱きしめると、 びっくりしたように飛び上がって恥ずかしそうに下を向く。 ごめんなさいと、そんなの何度目か分からない言葉を微笑みでさえぎって、 傷だらけになったその足に唇を寄せた。
咎人の足指
2007/11/07 裸足のイヴに口付けを |