吐き気と頭痛が眠りを邪魔する中で、頼りない音を聞いた気がした。
涙に濡れた声が小さく俺の名前を呼んでいる。




「ランチア」




揺れている。




「ランチア」




いとしい女の、声。




「どうか、消えてしまわないで」




お願い、と今にも消え入りそうな言葉を繰り返し、胸元にすがりつく。
どうしてだ。なぜ泣く。こんな俺のために。
いや、それよりも早くこの手を離してくれ。
丸い爪。細い指。震えている冷えた指先。
その柔らかい感触の下に隠れた小さな骨を、いつ俺が折ってしまうか分からないのだ。


だから頼む、どうか手を離してくれ。
お前を置いていくのは心残りだが、この手がその首に伸びるなど想像するのもおぞましい。
守らなければいけないのだ。この俺が。
義務ではない。これはもはや使命だった、はず。なのに。


頼む。どうかどうか、その手を、離せ。
今ここで消えてしまえば、お前は生き、俺はお前の中にだけ残る。
それで良いだろう。お願いだ、どうか。




「いや。嫌よ、ランチア」




揺れている。




「死んでしまったら、何もかも、終わり」




揺れている。




「消えてしまうのよ。私の中からさえも、どんどん、流れ出て」




の声が、離れない。












世界がしがみつく
















2007/08/08
俺の中の誰かがおかしそうに笑ったのが聞こえた。
彼女は、世界は、泣いているというのに。