たかがシャツ一枚にの意識と指先を取られて4分が経とうとしている。
俺にとって何もしない4分間がどれだけ無駄なのか、この女は分かっていないのだ。
小さく漏らした舌打ちが聞こえたのか、顔を上げたが困ったように微笑む。


「ほらリボーン。もう少しで終わるから機嫌なおして?」
「…んなもん買い直せばいいだろうが」
「そんな、汚れたわけでも破れたわけでもないのに」


もったいないよと呟いて、再び視線を落とす。
ほつれていた糸は綺麗に取り払われ、取れかけていた袖ボタンがひと針ずつ縫いつけてられていく。
その丁寧な仕草に愛が感じられないと言えば嘘になるが、
仕事に疲れた身体が欲しているのはもっと直接的な愛情表現であって
こんなふうにお預けをくらうことではないのだ。
まさに餌を前に「待て」状態。これではかえって欲求が募るばかりである。


「それにね。あなたは知らないでしょうけど、私はこのシャツ気に入ってるのよ」


眉間に寄せた皺を見かねてか、針を止めたがやわらかな手つきでシャツを撫でる。
「気に入っている」。その言葉が妙に引っ掛かった。
確かに安くはないブランドではあるが、デザイン自体は他のシャツと大差ないし、
何よりこの女はそういったものに興味がない。
分からない。降参だ、と言ってやるのも癪で黙ったまま首を横に振った。


「…リボーンが初めてキスしてくれたとき着てたんだもの」


覚えてないでしょう。
そう悪戯っぽく笑いながら玉結びした糸を切ると、丁寧に畳んで差し出してくる。
直された袖を確認しようかとも思ったが、せっかく整った形を崩すのも躊躇われて止めておいた。
好きな女から手渡されたというだけでこんなにも扱いや認識は変わるのか。


「だから、大事に着てくれると嬉しい」


照れているのか無意識なのか、こちらに背を向けて裁縫道具を仕舞っているの背中を
なにか眩しいもののように感じて目を細めたまま見つめる。
…なかなか可愛いことを言ってくれる。
今までの苛立ちが嘘のように溶けていくのが分かった。

プロポーズはこのシャツでするか。

頭の中で予定とカレンダーを照らし合わせ、クリーニングに出す日を考えながら
ようやくありつけたのぬくもりに手を伸ばした。





ロッシーニの調べ






2008/02/04
甘い詩が聞こえる。

ロッシーニ…イタリアの作曲家。美しい旋律で有名。