佐助は実に有能な忍だと思う。
仕事は早いうえに正確で、何も言わなくてもよく働くし、
自分の意見を押し通すこともなければ、状況によってそのとき一番良い選択肢を選ぶ。
その仕事ぶりはまさに『部下の鑑』そのもの。


「ねぇ、佐助は欲しいものってないの?」
「…どしたのお姫さん。藪から棒に」
「あなたがあまりにもよく働いてくれるからお礼がしたくて」


さぁ早く、と答えを急かすように両手を差し出してみせると、
何やら唸りながら顎に手をあてて考え込む仕草。
日頃なんだかんだとお金にうるさいわりに、佐助は褒美を欲しがらない。
生活に困らない程度、つまりは必要最低限の報酬しか受け取ろうとはしないのだ。
まぁ、その辺りの無欲さも彼が文句なしの忍である理由の一つなんだろうけれど。


「休養、ってくらいしか思いつかないねぇ」
「それだけ?」
「無理難題を要求するより良いでしょ?」
「欲がないのね、損な忍さん」


冗談交じりの軽い溜め息を吐いて席を立った。
どこ行くの、と軽い調子で訊ねられる。「ちょっと待ってて」と軽くごまかしながら襖を閉めた。

何かお礼ができたら良いのに、と思う。
仕事だけじゃない。今みたいな世間話から組み手の相手、
さらには買い物の荷物持ち、なんてことまでしてくれた日もあった。
いつ死ぬとも分からない戦乱の世で、彼のような部下に恵まれた私は幸せ者だ。

とりあえず、彼の本当に欲しいものが聞けなかった今日のところは
幸村くんにもお墨付きを頂けた手作りのお団子で日頃の感謝を伝えることにしよう。






メビウスの帯






「…っあー…ほんともう。不意打ちでしょ、あれ」


彼女の気配が十分に遠ざかったのを確認すると、
溜め込んでいた息を一気に吐き出し、がしがしと頭を掻く。


「欲しいものだって。何であんなに優しいのかね、たかが一介の忍に」


誰に言うでもなく、完全な一人言が壁に吸い込まれていく。
それでも口に出さずにはいられなかった。顔が熱い。


「…あんたが居てくれれば何も要らない、なんて」


そんな恋人みたいな台詞を言えっての?
わがままだね、罪なお姫さん。








2008/03/05