こんな世の中、タチの悪い人間というのは腐るほどいる。
そう例えば、確信犯のくせに無知を装うとか、力があるにもかかわらず行動を起こさないとか、
自分の容姿に自覚がない、とか。





Please notice!





いい加減、胃の痛みが我慢の限界に達しようとしていた。
締めつけられるようなこの痛みのせいで、デスクに積み重なった書類の山は一向に減る気配がない。
こんな状態がもう何日も続いていた。
おかげで孤独な自分にできた新しい友人は買い込んだビタミン剤という有り様。

その圧倒的な威圧感から、いつもなら部下の体調に対して加害者の立場にいるはずのセフィロスを、
今こうして被害者の立場に置いている原因は他でもない。
つい先日、ソルジャーの仲間入りを果たしたばかりのだった。


彼女がかつて所属していたタークスは仕事の内容上、他の社員たちとの接触は極端に少ない。
しかしソルジャーでは話が別だ。
階級が1stともなれば、任務以外で部下たちと話す機会も多くなる。
がタークスの一員として活動していた頃はまだ心配の種は少なかったものの、
ソルジャーへと転身を果たした彼女には今や誰でも簡単に近づける。

デスクについているときはまだ良いのだ。
昼食へ、書類の提出へ、さらには少し休憩しようと席を立つそのたびに、
周囲にいる男たちのあからさまな視線がに集まるのは、
彼女に想いを寄せる一人の男としてかなり不愉快なことだった。
それはこうして二人でコーヒーを飲んでいる、いま現在も同じことで。


「あのっ…さん。ラザード統括から、先日の資料の残りをお預かりして来ました」


社内にあるリフレッシュルームの、その一番奥のソファにセフィロスと腰掛けていたの元へ、
まだ幼さの残る青年が近づき、何枚かの書類を手渡す。
その指は見ているこちらが恥ずかしくなるほど小刻みに震えていた。


「本当? 助かったわ、わざわざありがとう」


ふわりと香るやわらかい声。
普段ならば自然と頬の緩むその声も、
自分以外の男に向けられたというだけでなぜこんなにも苦しく感じられるのだろう。
本人に自覚がないだけか、それとも部下に対する労りのつもりなのか、
目の前の青年の、そして辺りの男たちの視線が集まる中で、
あまりにも鮮やかに微笑む、から。


「…。ちょっと来い」
「えっ、ちょっ…」


突然腕を掴んだセフィロスに声を上げるを無言で廊下の奥へと進ませ、
驚きのあまりその場に固まっていた男たちへ凍るような視線と向けると、
神羅の英雄はバサリとコートを翻しその場を去った。




「……ロス、セフィロスっ!」


ようやく他人の目の届かない、無人の資料室に辿り着いたことと、
痛みを堪えるような彼女の声でようやく我に返る。
のこととなると周りが見えなくなる事実には、つい最近アンジールに言われて気付いた。
それでも脳のどこかがセーブをかけてくれたらしい。
ここまで掴んで離さなかった彼女の腕に、痣を残すような失態はしなかった。


「急にこんな所に連れ出して…一体どうしたの?」


電気が点いていない薄暗い室内でも、彼女の金髪は窓からのわずかな光を集めてサラリと煌めく。
小首を傾げる仕草に髪と光とが同時に華奢な肩を滑り落ちた。

ああ。だからそういう所が、ひどく魅惑的に男を誘うというのに。


「よく聞いてくれ。お前は少々無防備すぎる」
「…それは、私の力量が足らないと解釈するべきなのかしら?」
「そういうところが無防備だというんだ」


ここまで言ってもまだ分からないのか。
未だに首を傾げつつも、とりあえず「…分かったわ。以後気を付けます」と、
あくまで上司に対する態度で一礼したに、


「…もう少し、俺の気苦労も分かってくれ……」


溜め息混じりに呟いた言葉は、彼女が資料室の扉を開ける音の後ろにかき消された。




(心の平穏が訪れるのはいつのことやら!)




「でもセフィロス。それを言うなら、私の不満もぜひ分かって欲しいのだけれど」
「……俺が何かしたか?」
「…セフィロスは知ってる? この世で一番タチの悪い人間。
 ―――自分の容姿に自覚がないひとよ」


私が何のために、あなたと一緒にデスクを離れていたか分かる?

そう訊ねられたセフィロスが驚きのあまり、
いつもの冷静な表情を崩したことを知っているのは彼の目の前にいた本人と、
メディカルルームから数多の苦情を受けて彼を探し回っていたザックスだけだったとか。






2005/11/05→2008/09/01
結局、心配することは二人一緒。