「どうした?


かつてはその容姿と強さから『神羅の英雄』とまで称された男は、
ひどく優しい声で名前を呼びながら私に両手を広げた。
その腕の後ろには肩に刀を刺され、瓦礫に縫い付けられたまま呻くクラウドの姿が見える。


「何をそんなに怯えている?」


すっと魔晄色の眼を細めて微笑む。
薄い唇が見惚れるほどにゆるやかなカーブを描く。
その表情は確かに、私がずっと共に在りたいと願った彼のもので。

クラウドが何か叫ぶのが聞こえた。
瓦礫が崩れる音と彼の荒い呼吸のせいで、きちんと聞き取れはしなかったけれど。


「…わ、たし……」
「何も心配することはない。
 私たちを邪魔するものも、隔てる存在も、この世界にはもう無い」


さぁ、と誘うように左手が差し伸べられる。
思わず縋り付きそうになる身体を最後の理性で必死に押し留めて、
私は不安定な足場を一歩ずつ後ずさる。


「おいで」
「…っ、……」

「セフィロス、やめて…!」


一度は思い出にしようとした存在だった。
たとえ忘れられなくても、その幻影を追い求めることは無駄だと言われ続けた。
その彼が今、招くように、抱き寄せるように
まるで記憶の中に残る姿そのままに、私の視界を縛り付けている。

逃げ場を失った踵がむなしく音を立てた。
思わず武器に手を掛けたけれど、私が彼に刃を向けるなんて出来ないことぐらい、
彼自身が一番よく分かっているだろう。
それでもかたくなに拒絶する腕をやわらかく押さえつけて、セフィロスは私に囁きかける。


「かわいそうに。余程苦しんだんだろう。
 目の前の現実が信じられないなど、お前らしくもない」


ちがう。
彼は決してこんな同情めいた台詞を口にすることはなかった。
そのはずなのに、いま目の前で私を責め立てているのは間違えようもない、

セフィロス。

私がただ一人、愛を誓ったひと。


「私は此処だ。もう離さない」


あの頃と変わらない、低く香る声が私を追い詰める。



―――会いたかった(会いたくなかった)
―――うれしい(かなしい)

―――――愛、おしい(本当に、どうしようもなく)



抵抗していた腕の力がずるりと抜けた。
満足そうに唇の端を上げて、セフィロスは立ち尽くす私の身体へ手を伸ばす。

残酷に、残酷に、私をかつて奈落へ堕とした片翼の天使は
やさしく、やさしく、私の意識を夢の中へと抱き寄せた。





堕天使メシア






2006/09/25
堕とされたのか、救われたのか。