視線を感じる。 この格好で外を歩くときはいつも感じるこの視線が、今日はひどくわずらわしい。 「すごいね立花くん。みんな君に見惚れてるよ」 「…さんと並んでいるからですよ」 内緒話をするように顔を近づけて囁きながら、笠の下でにっこりと笑う彼女にどうにか微笑みを返す。 いつもと同じように笑えただろうか。ちょっと心配になった。 そもそもの始まりは先生からの頼まれごとだった。 昨日の夕方、学園から離れた場所にある寺に内密に文を届けてほしいと言われ、 断る理由もなかったので二つ返事で引き受けた。 問題は目的地の寺というのが尼寺だったということ、 そして、付添い人として指名されたのがさんだったということ。 なにが楽しくて好きな女性と同姓の格好をして歩かなければならないんだ。 変装には自信がある。 生まれつきのまっすぐな黒髪も手伝って、女装は特に得意だ。 男の忍者として自慢すべきことのはずなのに、 まさかこんなところでその認識がひっくり返るとは思いもしなかった。 「ちょっと休憩しましょうか」 ふぅと息を吐いて、隣を歩くさんが道の先にある茶屋を指した。 たしかにきつい坂道を登ってきたから、少しばかり足が重い。 こんな道がこの先もまだまだ続くというのでは、変装の必要がないくノ一たちではなく、 自分やさんに白羽の矢が立ったのも仕方がないことかもしれない。 二人で店先の椅子に腰を下ろし、緑茶とわらび餅を頼んだ。 笠を外したさんがまぶしそうに空をみて、いい天気ね、と目を細める。 「甘いものは好き?」 「たまに食べるとおいしいですね」 「模範的な回答だわ。私は好きよ、女だし」 変装している当人たちにしか分からない会話を交わし、運ばれてきた湯飲みに手を伸ばす。 紅が取れてしまわないように注意しながら口をつけた。 さんは店の主人と世間話をしている。 にこにこ笑いながら相槌をうっている横顔を見つめて、 やはりこの人は本物の女性なのだな、と当たり前のことを思った。 しばらく休憩しながら他愛ない話をした。 私が残したわらび餅はさんがおいしそうな顔できれいに食べた。 代金を支払い、また坂道を進んでいく。 茶屋を少し離れたところで、さんがふいに「私ね、」と口を開いた。 「立花くんって、顔立ちも整ってるし、髪もきれいだし」 「はぁ」 「きっとすごく女装がうまいだろうなって思ってたの」 「よく言われはしますね」 「でも、実際見てみるとちょっと違った」 「…なにか、至らないところがありましたか?」 訊ねる声が思わず低くなる。 隣に本物の女性がいる今回は、いつも以上に化粧にも言動にも気を遣ったつもりだったから。 心配になってさんの顔をうかがうと、違う違う、と慌てたように彼女は首を横に振った。 「私の目から見ても上手な変装だったわ。…でもね」 止まった言葉のかわりに、すっと腕が伸びてきて、私の手を握る。 女物の着物の袖に隠していた手。 「どんなに細くてきれいな指でも、やっぱり男のひとの手だなって、そう思ったの」 いつくしむような手つきで私の指をそっと撫でる彼女は、 目を丸くした私を見て自分の発言が恥ずかしくなったのか、頬をわずかに赤くさせてはにかんだ。 それは男の自分にはとても真似できない、どこまでも女性らしい表情だった。 次にさんと並んで歩くときがきたら、 今度は男の姿で、彼女にこんな顔をさせたいと思った。 いちばん奥は きみのもの
2010/03/31 title:「遠吠え」様 |