なにも女がみんな弱いと思っているわけではないが、 (むしろ誰かを待つ女は何よりも強いと思う) それにしたってやはり守らなければならない対象であることに間違いはない。 それが惚れた女であれば尚のこと。 例え彼女が優秀なサムライで、ともすれば自分より腕が立つとしてもそれは変わらないのだ。 「つらくはないのかい」 突然の問いかけに、彼女は不思議そうな顔で振り返った。 薄汚れた上着の肩で長い黒髪が揺れる。 その艶やかさは、戦場では邪魔だからと無造作に束ねているのがもったいないほど。 「シチロージ殿ったら、急にどうしたんです?」 「殿のような女性には苦しい環境でしょうに」 貴女は優しいひとだから。 呟くように付け加えると、彼女は目を閉じて静かに笑った。 今にも風に揺れて消え入りそうな、遠い微笑みだった。 「たとえこの身は女でも、心は、サムライですから」 言葉と共に開かれた目。凛と冴えた声と目に空気が止まった、気がした。 吹き抜けた風に乗って戦場のにおいが顔を撫でる。 自分はこの場所で、いったい彼女の何を見ていたのか。 どんなに頼りなげな背中をしていようと、やはり彼女はサムライなのだ。 自分と同じ道を背負った、強い志のひと。 「すまない」と自分の失言を謝ろうとすると、ふいに彼女は流れるような動きで唇に指を当ててきた。 冷えた指先が言葉を遮る。 「でもね、シチロージ殿。こんな私もいつか、刀を捨てる時が来ます」 一際強い風に、彼女の髪を束ねていた紐が解けた。 視界を支配する漆黒。 その向こうでゆるやかに持ち上がる、の唇。 「戦が終わったその時は、私を守って下さいますか」 恥ずかしそうにそう微笑んだ彼女の眼差しは、間違いなく恋をした普通の女のものだった。 093, 黒髪の 美貌 は 戦場で微笑む
2007/10/16 あの廓言葉がすごく好きです。でげしょ… |