あなかなし
哀し あたしはどうも昔から、死にたがりの人に惹かれる性分らしい。 彼女は死に場所を求めて戦に出てるわけじゃない。 だが、死んでも良いと思っている。 目を見れば分かるのだ。野伏せりの言った、死人の目。 「どうしてそう、死に急ぐような真似をするんだい」 野伏せりとの小競り合いで怪我をしたの腕に包帯を巻きながら訊ねる。 致命傷ほど深くはないが、浅いとも言えない傷だった。 大戦中からの付き合いだ。彼女の刀の技量はよく知っている。 あのキュウゾウにも劣らないの腕前に、それはとうてい不釣合いな怪我だった。 「…私はあの戦で死ぬと、そう思ってたから」 しばしの間を置いては静かに口を開いた。 大人しく手当てを受けているものの、なかば癖のようになっているらしく、 どんな時でも側に置いて離さない刀が彼女の手の中でカチ、と音を立てて存在を主張する。 「仲間を守って死ぬのなら…勝利のきっかけの、その一欠片にでもなれるのなら」 「それで構わないと?」 「思っていたわ」 うすく瞬きをしたの目はうつろな色をしていた。 そら、これだ。あたしはこの目をよく知っている。ひどく見慣れている、と思う。 例えるなら、あたしのことを古女房と呼ぶあの方、とか。 「ずっと国のため、軍のため、他人のために生きてきた。 今さら自分のためにどう生きたら良いかなんて」 「…自分のために生きるのが難しいなら、愛する人のために生きれば良いさ」 あの方の心はすでに誰の手も届かないどこか遠くで迷い果てている。 でも、あなたは。 まだ若く美しい女のあなたなら、男との恋を生きる目的とすることだって出来るはず。 「ほどの別嬪なら、すぐに良い男も見つかるってもんだ」 「……そうかしら」 「そうですよ。あたしは昔から嘘だけはつかなかったでげしょ?」 わざと軽い調子で笑いかけると、は「お上手ね」と言って少し笑った。 微笑んでいる目元には先ほどまでの暗い影はない。 「それじゃあ私、」 「ん?」 「これからはシチさんのために生きようと思います」
あなかなし
愛し 2008/08/23 死にたがりの女の恋(実るかどうかは、死にたがりに好かれる男しだい) |