(それを自分と似ていると、
一瞬でも思ったのは自惚れだろうか)





確かにはクラスメイトの中でもおそろしく美人だったが、
何よりも際立っていたのはその髪の色だった。

あれは自分の席が彼女の斜め後ろになったときだ。
そのとき、月一の席替えでは窓際の席になった。本人は嬉しそうにしていたと思う。
俺は一番後ろで良かったと思った反面、正直やばいな、と思った。
曇りや雨の日はどうにか耐えたが、午後の陽の光が差し込んだらもう無理だった。
視線が吸い寄せられるのだ。
その気は無いのに、気付くと彼女の後ろ姿を目で追っている。
おかげでその一ヶ月は教師から「授業に集中しろ」といつも以上にお叱りを受けた。
それでもその誘惑から逃れることは出来なかった。


何が、と聞かれても確かな言葉は出てこない。
ここイタリアで金髪なんざ珍しくもないはずが、彼女の金色は何かが違っていた。

他のやつらとは圧倒的に違う、何かが。



そんな学校生活を過ごし、卒業して、俺はヴァリアーに入隊した。
卒業式で少し話して握手をしたきりののことは知らない。
ただ、あの髪色と美しい顔立ちだけは金髪のやつを見るたびに脳裏を掠めては消えていた。
そして数年がたった、ある晴れた日の午後。


「久しぶりだね。スペルビ君…って呼ぶのは、もう変かな」


ヴァリアーの新人隊員という、想像だにしなかった肩書きで再会したは、
これまた怖ろしいほど美人な女になっていた。
色白の肌に細い手足が黒のコートによく似合っている。
自分たちのように着崩すことなく、上の方まできっちりボタンを留めた着方は
いかにも入隊したての新人といったふうだった。


「スペルビ君上司だし、やっぱり敬語にした方が良い?」


聞かれてとっさに首を横に振る。不思議と彼女には敬語で接して欲しくなかった。
別に良い。そっか。
短い言葉が二人きりの部屋を行き交った。


「髪、伸ばしたんだね」
「…ああ」
「うん。似合ってる」


ふわりと彼女が笑った拍子に金の髪が音もなく肩をすべっていった。
あの頃は肩の少し下辺りで切り揃えていたが、今は腰に届くまでになっている。
後ろから見れば今の俺と同じくらいかも知れない。なんとなく思った。


「ほんとはね、髪、伸ばしてみたらって、ずっと言いたかったんだ」


学生時代はろくに話したこともなかったせいか、こうして面と向かって話しているというのに
この会話も彼女との再会も、夢の中のような心地がしてならなかった。

目の前であの金の髪が揺れている。
憧れにも衝動にも似たあの頃の感情がこの胸の中で何かしら叫んでいる。


「スペルビ君の髪、すごく綺麗だなぁって、ずっと思ってたから」


俺も、ずっとそう思ってた。

まさか言えるはずのない台詞を飲み込んで「そりゃありがとうなぁ」と、
自分の肩より低い位置にある頭をぐしゃっと撫でた。





アシンメトリーの憂鬱






2007/11/16
初めて触れた金色は、少しだけ午後の光のにおいがした。