幾重にも重ねられたクレープを前に、は嬉々としてナイフとフォークを手に取った。 いただきます、とにっこり笑って円の中心からナイフを入れる。 てっぺんに乗ったチェリーは脇によけるから「嫌いなのか」と訊ねたら「大好きよ勿論」とのこと。 どうやら最後のお楽しみに取っておくつもりらしい。 久しぶりの休日に、たまには買い物にでも付き合ってやるかと外出して、 真っ先に連れてこられたのがこのカフェだった。 海の見えるテラス、白いテーブルセット、小さく流れるクラシック。 確かにセンスも良く彼女の好きそうな場所だが、いかんせん俺は甘いものが駄目なのだ。 それを知っていてこのメニューを選んだのだとしたらこの女はなかなか油断ならない。 別に今に始まったことではないが。 向かいの席でミルクレープの山をざくざく切り進めていくに半ば感心しながらコーヒーを啜る。 きれいな円は少しずつ、しかし確実に皿の上から消えていく。 運ばれてきたばかりの熱いミルクティーは彼女の視界には映っていないらしい。 女とは不可解な生き物だ。なぜあんなに甘いものを好き好んで食べるのだろう。 そしてさらに不可解なのは、この女はいくら食べてもそのプロポーションが変わらないことだ。 「スクアーロも何か食べたら良いのに」 「お前の食いっぷりだけで十分だぁ」 「レディに失礼な男ね」 会話ついでにようやく自分のミルクティーに手を伸ばしながら、 通りがかったウェイターにコーヒーの追加を頼む。 そういえば、と手元に視線を落とすとカップがほとんど空になっていた。 こういう気配りが出来る女はいい。だからこそ俺はこうして彼女に付き合っている。 たとえ苦手なものを目の前に山と積まれたとしてもだ。 「このカフェね」 「ん」 「ずっと来てみたかったの、あなたと」 「…ああ」 「だから嬉しい」 順調にクレープの山を切り崩していたフォークが止まる。 無言の中、脇に取っておいたはずのチェリーを器用に乗せて、にっこり。 「はい、あーん」 「…う゛お゛ぉい、どうしてそうなるんだぁ」 「せっかくの休日だもの。たまには恋人らしいこともして頂戴」 『恋人』という単語を強調され、突き出されたフォークに仕方なく口を開ける。 ホイップクリームの付いたそれは想像以上に甘かった。 Paradise is No Where
(Paradise is Now Here!) 2008/01/08 楽園はどこにある? |