天井がぐるぐる回っている。
実際に回っているのは俺の頭の中なわけだが、どっちにしても気分が最悪なことに変わりはない。
熱が集まる身体は重いしだるいし、長い髪が汗で首筋に張り付いて気持ちが悪い。
思い出したように咳をすると喉の奥が引き攣るように痛んだ。


「暗殺のスペシャリストも風邪ってひくのね」


降ってくる声を目だけで追うと、ベッド脇の椅子に腰掛けたの呆れ顔。
朝からずっと座りっぱなしのせいで暇なのか、欠伸の涙で潤んだ目と視線がかち合う。
熱が出始めた昨日の夜もここで水を汲んだり林檎を剥いたりしていた。
感染るから来るなと、昨日あれだけ言ったのに。


「…うるせ、ぇ、ぞぉ……」
「あっ、ダメよ起き上がっちゃ。どれだけ熱が高いと思ってるの?」


子供のようになだめられ、起こしかけた身体をもとに戻す。
その拍子に額から落ちかけたタオルは彼女の細い指に拾われた。
すっかり温まったそれを水に浸し、ぎゅっと絞ると再び俺の額の上に乗せてくる。
ひんやりとしたタオルの感触が頭痛を少しだけ軽くした。

このいまいましい風邪の原因は分かりきってる。
真冬のクソ寒い中、ろくな食事も睡眠も取れないまま任務に駆けずり回っていたせいだ。
体力には自信があったはずが、気付けばこのザマ。
立て続けに仕事を入れてきていた『上司様』を心の底で恨んだ。


「薬の前に何か食べたほうが良いんだけど…食べられそう?」


俺の様子を見兼ねたらしいが解熱剤を片手に顔を覗き込んでくる。
あんまり近寄るな、という意味で首を横に振ったが、どうやら違う意味に取られたらしい。
食べるのが無理ならせめて水分だけでも、とスポーツドリンクを差し出される。

には申し訳ないことをした。
俺たち実戦部隊のように外を飛び回りこそしないが、忙しかったのは彼女も同じ。
久々の休日が病人の看病というのはあまりに気の毒だ。
「もう部屋に戻れ」と、そう言おうとしたのに。

スクアーロ、と小さく名前を呼ばれて顔を上げる。
心配そうな顔がそこにはあって、それだけで俺の思考回路はいとも簡単に溶けていく。
頬に伸ばされた指は冷たく心地良い。


「早く元気になってね。待ってるから」


寝たままで終わりそうな休日。けれど、今日はこの手を独り占めだ。





安息の手のひら






2008/03/06