背中に感じた鈍い痛みに、意識が快楽の淵から引き戻された。 明かりを消した寝室は暗く、聞こえてくる音ばかりが現実を主張している。 粘着質な水音。乱れた二人分の吐息。 そして、ほとんど痛々しいほどにかすれた、の喘ぎ声。 との行為はいつもあっという間だ。 彼女を抱くのはたいてい深夜で、夢中で身体を貪るうちに、気がつくと窓の外が白んでいる。 激しく、短くて、現実味がない。 その事実にスクアーロの心はいつもかき乱される。 いささか乱暴にその細い腰を抱き寄せると、かぼそい悲鳴が暗闇を裂いた。 背中に回された腕には力が込められているものの、小さく震えている。 消えちまいそうだ。スクアーロは目を閉じる。 こうして身体を重ねているのに、その存在は決して自分を安心させない。 だから少しでも「彼女はここにいる」という確かな証明が欲しくて、抱きしめる腕に力をこめる。 「…ス、クアーロ…っ……」 途切れ途切れに呼ばれた名前に、短いキスを落とすことで答えた。 生理的な涙で潤んだ瞳がさみしげに揺れている。 それは朝になれば静かに部屋から消えてしまう彼女の背中に似ていた。 浅い眠りから目覚めると、カーテンが弱々しい光に透け始めていた。 見慣れきった、そしてすこし寂しい、いつもの光景。 しかし、いつもなら自分が起きるころにはベッドから抜け出しているはずのが、 今朝はまだ隣に横たわってシーツにくるまっていた。 驚くスクアーロに「おはよう」と小さく、ぎこちなく微笑む。 「昨日はごめんなさい」 「…あ゛あ?」 「背中の傷。…痛いでしょう」 伸ばされた人差し指がそっと爪痕を撫でていく。 かすかな痛みはあったが、命を賭ける仕事をしているスクアーロにとって、 それは傷とは言えないような可愛らしいものだった。 別に痛くねぇぞぉ、と安心させるように小さく笑って見せたが、 「わざと付けたの」 硬い表情のまま、はそう言って目を伏せた。 「だって、最後、だから」 だから、とそのまま言葉を続けようとするの腕を思わず掴んだ。 痛そうな顔をするのも構わず強引に口付ける。 「…っ、言わせねぇ」 「……でも、もう、終わりなんだもの」 「言うんじゃねぇ! …頼む、なにも言うな」 頼む、ともう一度くりかえすと、は大人しく口をつぐんだ。 やわらかい朝日が彼女の金髪とスクアーロの銀髪をまばゆく輝かせたが、 二人の目は互いの姿しか映してはいなかった。 しばらく無言で見つめあい、どちらからともなく腕を伸ばして抱きしめ合った。 姿を目に焼きつけ、ぬくもりを感じあう。 しっかりと絡めた指を離すときが全ての終わりだと、そう理解していた二人は このまま明日が来なければ良いと窓の外の太陽を呪った。
グッバイ
ラバーズ ベイベー (明日、彼女は結婚する) 2009/07/01 明日になれば彼女の夫になる、顔も知らない男を、想像の中だけで切り殺した。 Image Song=「SAYONARAベイベー」 加藤ミリヤ |