たいしてやりがいのない仕事の帰り道。
月明かりと街灯が人気のない石畳をぼんやり照らし出す中、
深夜の散歩を口笛混じりに楽しみながら十字路を右へと曲がりかけた矢先だった。

視界を、まばゆい金色が横切った。

まさかこんな時間帯に通行人がいるとは夢にも思わなかったらしい。
薄い砂埃と絡まる細い金色をまとい、こちら側に駆け込んできたその人影は、
シルクハットを弄びながら通路の真ん中を陣取っていた俺を認めると、驚いたように目を見開いた。


―――鮮やかな美貌を放つエクソシスト、だった。


光だと思った金色は背中に流れる髪だった。
女特有の丸みを帯びた細いシルエットが石畳に長い影を落としている。
暗闇の中でも目を引くせっかくの白い肌を、エクソシストの黒いコートがすっぽり覆い隠していた。

彼女が駆け込んできた路地の奥で何かがうごめいている。
目をこらしてみると、壊れかけた数体のアクマがぼうっと浮かんでいた。
下っ端を手伝ってやる気はもちろんない。面倒だし、真新しい手袋が汚れるのは御免だし。


「逃げて」とでも叫ぼうとしたんだろうか。
一瞬開きかけた唇のかわりに、見開いていた彼女の目がきゅうと細まる。
何かを探るような視線と辺りに満ちる殺気。
ゾクリ、と背筋が震えた。恐れとは正反対の意味で。

ああ、その肌が病的なまでに白く見えたのは、俺の視界が闇に慣れすぎていたせい。


「―――ごきげんよう、ノア」


張りつめた声はきっと、俺が『裏』の顔をしていたから。


破壊されかけてなお銃口を向けようとするアクマの最後の一匹を目にも留まらぬ速さで始末して、
彼女は冷たく、しかし艶やかに微笑むと、
次の瞬間には黒いコートを翻して闇の街に溶けていった。



戻ってきた静寂。
ククッと、喉の奥から笑いがこみ上げてくる。

深夜の散歩。月明かりの街灯。鮮烈の、逢瀬。

最高だね。まったく、笑いが止まらない。
名前も年も国籍も知らない。でも彼女が生きている限り、いつか必ず敵として対峙する。
まったくもって奇妙な関係。


ああ、あの細い身体を切り裂いたら、あの白い肌は一体どんな色に染まるんだろう?

ゾクリと疼いた本能に、毒々しいほど鮮やかな蝶が思考の奥をチラついた。





038,本能に従え
(早く、会いたい)








2005/11/07
初ティッキー。この人はとても格好良い。