(だって愛しているの)
その一言で許されることなど、何一つないと分かっていた。 それでも私はこの道を選択した。この道しか、私には考えられなかったから。 みんな、この事実を知ったらきっとすごく驚くだろう。 アレンは目を見開いて「嘘だ」とでも言ってくれるかな。 神田は激昂して暴れるかもしれない。 コムイには余計な心配事を増やして申し訳ないと思う。 リナリーは寂しがるだろうな。たぶんミランダも。 女のエクソシストは少ないから、二人とも泣かないといいんだけど。 ラビやブックマンは私のことを何と記録するんだろう。 人類の裏切り者、とでも称されるかもしれない。 大好きな彼らの顔をひとりひとり思い出しながら、私は暗い道を歩いている。 団服を着ないまま外を歩いたのは久しぶりだった。 教団本部にある私の部屋まで迎えに行く、と言ってきた彼の提案を私は断った。 仲間との別離に、もしも泣いてしまっても、涙を見られず済むように。 おそらく神は、私を許さない。 使徒として選んだ人間が背負った十字架を投げ捨てたのだ。 ずきりと音を立てて痛んだ気がして、右眼のイノセンスを片手で押さえて立ち止まった。 きつく目を瞑ったまま、スーマンのことを思い出す。 家族の写真をこっそり見せてくれながら微笑んでいた彼。 自分の愛する人が存在する場所に帰りたい一心で、神を裏切った彼のことを。 恐怖がなかったといえば嘘になる。 自分が死ぬかもしれないという可能性より、 私の親しい人たちが傷付くかもしれないという、その事実の方が怖ろしかった。 たとえ切り捨てたとしても、好きな人たちであることに変わりはないから。 だけど、でも、きっと大丈夫。 スーマンの左手のように、咎を受けた私の右眼が暴走したとしても、 この暗い道の先で待っている彼が止めてくれる。 だって彼はノアなのだ。 白い手袋をはめたその手で、すべてを一瞬のうちに終わらせてくれるだろう。 「待ちくたびれたぜ、」 ふっと視界が明るくなって、気が付くと私は彼の前に立っていた。 今まで歩いていたはずの暗い石畳はそこにもなくて、 辺りには白く明るい建物が並んでいる。方舟の中だよ、と彼が教えてくれた。 「ごめんなさい。そんなに待たせたつもりはなかったんだけど」 「俺はいつだって待ってたぜ? お前が決心するまでな」 「…そうね。そういう意味だったら、私はずいぶん長い時間、あなたを待たせたわ」 「まぁいいさ。今、こうやってお前は俺の前にいるんだから」 上等のスーツに身を包んで、彼はにっこりとシルクハットのつばを持ち上げた。 そのまま手をこちらへ差し伸べる。私に向かって、まっすぐに。 私もその手を取ろうと、素直に手を伸ばす。 右眼の痛みがわずかに増したような気がした。 イノセンスを壊されたとき、私は生まれて初めてただの人間になる。 世界の終末も、悪魔と神の戦争も、なにも関係のない人間に。 これまでの視界の半分を失ったその世界はきっと新鮮で魅力的だろう。 そうして私は彼の額の聖痕にキスをして、彼は私を抱きしめる。 「愛しているわ、ティキ」
全てに目蓋を閉じる (まさに、盲目) 2010/02/21 Title=「ジョゼフ」様 |