「愛してるよ」


暗い部屋の中心で、もう何度目か分からない言葉を聞いた。
冷たい床。頑丈な壁。高い天井。
ここに連れてこられてから、真紅のビロードのカーテンに隠された窓の外を見たことはない。


「ハハ、さすがにしつこい? でも仕方ないよな。
 俺の頭じゃこれ以上いい言葉なんて見つからないんだ」


そう声をあげて笑ったティキは、手袋をはめた指を私の頬へと愛おしそうに滑らせる。
長い指。骨ばった、人間の男性の手。
この手がいっそ死人のように冷たかったら良かったのに。
そう思いはするけれど、生憎と彼の手はいつも憎らしいくらいに暖かかった。


「…嫌いよ。あなたなんか」
「知ってる」
「じゃあどうして、」
「だから何度も言ってるだろ?『愛してる』んだって」


やさしく微笑む、人懐っこい目。
すり寄る首筋にぞくりと染みこむ低い声。
静かな部屋に満ちるキャンドルの香りは淡く色付いているかのように甘くて、
私の意識は今にも溶けてしまいそうになる。

いやだ。
嫌だ。

感情を殺せ。意識を、思考を抑え込め。
私は私だ。この男にどんな台詞を囁かれても、それで私の何かが変わるわけじゃ、ない。


「…もしかしてさ、感情を殺しちまおうとか思ってる?」


鎖骨の辺りをきつく吸いあげながら見上げたティキの目が、私を射抜く。
ノアは他人の心の中まで覗き込めるんだろうか。
言い当てられた驚きと悔しさに、思わず身体を硬くした。



「無理だよ。そんなこと出来っこない。

 だっては俺と同じ、『人間』なんだ」



いつだって高みで無神経に微笑んでる神の化身なんかじゃないだろ?

哀れむような、慈しむような、
そのどちらとも取れる微笑みを浮かべて、ティキは私を背後のベッドへと押し倒した。




神の使徒なんかじゃない。神に愛されてたわけじゃない。
そんなこと、分かってた。
ただ数多の存在から選ばれて、十字架を背負うことを運命として受け入れただけ。
うぬぼれなんかじゃない。
その証拠に、私は戦場で死んでいった仲間たちを何度も見送った。


ただ、そうでも考えなければ。
今私を抱いているこの男は敵なのだと言い聞かせる理由がなくては、私は。

………私は 、





ロジックリリー










2006/11/20
賢いがゆえに、乙女は苦しみから抜け出せない。