「私ね、エクソシストなの」


本当に、何の前触れもなくサラリとそう言ったの顔は穏やかだった。

だから言われた内容を理解するまでに数秒、
理解したあとも返事をするまでたっぷりと間が開いてしまった。
…まぁ、それはこの際よしとする。
手の中のティースプーンを落とさなかっただけ上出来だ。


「……ふぅ、ん」
「あら。驚かないの?」
「…別に」


ずっと前から知っていたし、という言葉はコーヒーと一緒に飲み込んだ。
彼女は知らないだろうが、俺が彼女を初めて見たのは
がエクソシストの団服を着て数多のアクマを狩っていたときだったから。

今は淡い色のスカート姿。手には湯気を立てるマグカップ。
こうしていると、本当に普通の女のようだ。

しかし、なんでは急にそんなことを言い出したんだろう。
彼女は俺がノアだとは知らないはずだ(俺がそう願っているだけの話かも知れないが)
何かの拍子に気付かれたんだろうか。
どっちにしても、彼女がわざわざ自分から正体を明かす必要なんてどこにもない。


知っているなら、知らないふりをしている方が良い。
知らないなら、これからも知らない方が良い。


正直者と嘘つき。
どっちが賢くてどっちが愚か者か、そんなこと知ったことじゃない。
知らないほうが幸せ。嘘を吐いたほうが安全。
子供にだって分かるような簡単なことだ。
分かってる、なのにどうしてだろう。

彼女に隠し事をするのは、どうにも、居心地が悪い。



「ねぇティキ。私は別に、あなたのことを教えて欲しいとは言わない。
 だけどこれだけはお願いさせて。

 …私を、裏切らないで。遠くに、いかないで」



切なく響く声で言った彼女の願いは、
すべての事実を知った上での言葉だったんだろうか。





飼いに
騙された











2006/11/20
嘘ついたのはどっち?