「何でも食べられるのね」 口の中のものを完全に飲み込んでからそう言い放ったは、 薄い笑みを浮かべた口元をそっとナフキンで拭った。 彼女がそう思うのも無理はない。 この前会ったときには薄っぺらいサンドイッチを頬張っていた男が、 今はきちんと正装した格好で三ツ星レストランのフルコースを堪能しているのだから。 「まぁな。なんてったって雑食だから」 「嫌な言い方。せめて好き嫌いがないって言ってほしいわ」 「ははっ、別にどっちも同じだろ?」 他愛ない会話の間にも、音もなく現れたウェイターが空になった皿を下げて 代わりに湯気を立てるメインデッシュを机の上に置いていく。 さすがは三ツ星の給仕。会話の邪魔になるような気配さえなかった。 「本当、相手があなたじゃなかったら思う存分楽しめたのに」 「傷つくねぇ。一応VIPルームなんだけど、ここ」 「そうね。隔離された、逃げ場のない、二人っきりの、ね?」 「…手厳しいな、は」 「褒め言葉として受け取っておくわ」 ふふ、と目元を細めるに思わず恍惚の溜め息。 贈ったばかりの黒のイブニングドレスに胸元の赤い薔薇がよく映える。 レースが掛けられたテーブルの下にはきちんと揃えられた細い脚。 優雅にフォークとナイフを動かす、その指先にまでこの女の魅力を感じる。 「どうせ、同じような物言いで女性も食べてきたんでしょう」 さきほどの会話の続きか、グラスをこくりと傾けながらは意味深に笑った。 キャンドルの灯りに照らされた唇が誘うように艶やかに光る。 反射的に鳴る自分の喉に苦笑しながら、ティキは食べかけの皿の上にナイフを放る。 「そうだな。実のところ、もう限界」 腹ペコなんだ、アンタに。 甘く囁いて、テーブルの端に置かれていたベルを鳴らした。 一拍おいて外からガチャリと鍵の掛かる音。これで店内へ通じる扉は封じた。 やっぱりこんなときアクマは便利だ。 さきほどの給仕の目配せを思い出してくつりと笑った。 席を立って、の手をいささか強引に引き、背後の壁に押し付ける。 「…私はお料理じゃなくてよ、ミック卿」 「これは失礼。でも俺は、こういうことに関しては美食家なんでね」 言いながら、の胸元の薔薇を引きちぎった。 はらりと落ちる赤の花びら。これから彼女のドレスが辿る末路を見た気分だった。 わりと気に入っていたのだが、まぁ良い。新しく買い直せば済むことだ。 「Comamos, doce sobremesa」 (いただくぜ、デザートさん) 甘美なデザートへのキスは赤ワインの味だった。
Um cavalheiro faminto
(空腹な紳士) 2007/05/06 ティッキーはポルトガル人なので翻訳頼りにポルトガル語。 そして一度やってみたかったファミリーネーム呼び。 |