スケープゴート





最初は単純な好奇心だった。
自分の下で唇を噛み締め、必死に快感に耐えているこの女。
肩を掴んで軽く揺さぶれば僅かにではあるが顔を歪め、
手を這わせた白い肌には羞恥の熱が、見つめる瞳の中には抑えきれない色香が滲む。

この美しい女はなんて名前だったっけ。
締め付けられる下半身の感覚に飛んでしまいそうになる理性の中で、
ティキは破り捨ててベッドの下に落としたままだった彼女のコートに手を伸ばす。
引きちぎった銀ボタンの裏には『』という細い文字。

そうだ、

敵である自分に身体を売ってでも仲間を守ろうとした、美しい、人間。



好奇心の始まりは、さながら運命とでも言うべき出会いからだった。
とは言っても、偶然ティキが仕事がてら通りかかったのがアクマの密集地で、
偶然そこに戦闘中のエクソシストが二人いて、
偶然そのうちの一人がティキの心を惑わすような女だったというだけなのだが。

ノアと知って切り掛かってくるエクソシストの片割れを適度に痛めつけ、
その命を交換条件に女自身の所有権を迫ってみると、
彼女は意外なほどあっさりと武器を捨て、ティキの前で膝を折った。
その目に嫌悪や憎悪はあっても、後悔はなかった。
少なくともティキはそう記憶している。


「ホント、健気なんだか愚かなんだか」
「…っな、にが…」
「仲間のためとはいえ、敵に自分を売るなんてな」


幾度となく語りかけて、やっと口をきいたかと思えばこれだ。
嬌声すら漏らさない口を乱暴に塞ぐ。
今まで通り抵抗しないのと同じに、やはり声も上げなかった。

調教のように抱き続けた身体は甘く蕩けている。
自分でも呆れるぐらい丁寧な愛撫を繰り返した後だ。感じていないはずがないのに。
このという女は頑ななまでに唇を噛んで、決して喘ぎ声を漏らさない。
それが最後の砦だと言わんばかりに。まるで自分を守るように。

…気に入らない。

単純だったはずの好奇心は、いまや別の感情に変わっていた。



「あのカンダとかいう奴が、そんなに大切?」



子供じみた独占欲で囁いた言葉に彼女がぴくりと反応した。
その瞬間を狙って彼女の身体をぐっと引き寄せる。
意識が逸れたせいか、僅かに開いた赤い唇から抑えきれない吐息が漏れた。
ぞくり、背筋が震える。溢れる嬉しさと狂気。


「やっと聞けた」
「…っく、ぅ……」
「もっと聞かせてくれよ。なぁ、?」





(生け贄にだって
愛の言葉は囁けるんだぜ)










2007/04/14