白い顔は今日も今日とて表情を変えなかった。
お決まりの2回のノックのあと、いつもと同じ顔、同じ声で私の名前を呼ぶ。


様。あちらで藍染様が、」
「…呼んでいるのね。分かった」


言葉をさえぎって手元の本に栞を挟むと、
肯定の代わりに目を伏せたウルキオラが入ってきたばかりのドアを大きく押し開けた。
数日振りに開け放たれた空間。
でも、この扉の向こうにあるのは自由じゃない。あの男の元へと続いているのだ。
私は何からも解放されない。
望まない支配者からも、息苦しいこの部屋からも
たぶん一生叶わないだろう、恋かどうかも怪しい自分の感情からだって。


そんな想いを向ける相手はドアノブに手を掛けたままの姿勢で私を待っている。
急がなくては、と急に立ったのがいけなかった。

くらり、眩暈。

反転する視界に、思わず腕を伸ばした椅子の背がやけに遠く見えた。
一瞬の浮遊感。スローモーションのように身体が投げ出される。
痛みを予感して閉じた目の裏に届いたのは椅子の倒れる音だけだった。
しん、と満ちる静寂におそるおそる目を開けると、


「大丈夫ですか」


深い湖色の眼がすぐ目の前にあった。
細いのに案外しっかりした両腕で、いつの間にか抱きかかえられた私が
彼が瞬きをするたびにその中を揺らいでいる。


「ご、ごめん、なさい」


慌てて身体を起こして姿勢を正した。
よろける肩をウルキオラが自然な動きで支えてくれる。
驚いたでしょう、と自分の失態に苦笑しながら訊ねると「いえ」と短い返事。


「貴女に怪我が無いのなら、俺はそれで」


それだけ言うと、また音もなく目線を下ろしてしまった。
あの綺麗な目を正面から見ることが出来なくなってしまったのは残念だったが、
抱きとめられていた胸元の、低い体温の向こう側。

たしかに感じた彼の鼓動の早鐘が、私の意識を少しだけ幸せにした。





ラッセルの断片










2007/09/10
塾のとあるテキストを読んでて思いつきました(いつだって頭はフル稼働です)